恋は人を変えるという(短編集)




 そして崎田さんは、矢田さんのことを色々と話してくれた。

 矢田さんがギター部に所属していて、バンドのボーカルをしていること。矢田さんの家は母子家庭で、放課後はアルバイトをしているから部活にはほとんど顔を出さないこと。高校卒業後は大学に進学予定だったけれど、家庭の事情で来年からは就職クラスに移動すること。普段は無口だけど言うべきことはズバッと言う正義感の強いひとだということ。無口に加え化粧もしているため敬遠されがちだけど、実は心優しい家庭的なひとだということ。
 これは崎田さんの意見だけど、あの化粧は早く大人になりたいという気持ちの表れなのではないかということ。

 あの派手なグループの子たちだって、化粧道具を持ち込んではいるけれど、普段はすっぴんで、放課後遊びに行く前に化粧を始める。職員室に入るときや集会のときはちゃんとボタンを締め、きちんと上靴を履く。あれこれ文句を言いながらも、委員会の集まりには出るし、提出物も欠かさないという。

 ここまで聞いたら、わたしがどんなに無知で浅はかだったのかを思い知った。

 周りをちゃんと見て、話をしていれば、矢田さんに対して「あまり良い印象はない」なんてことは言わなかったはずだ。あの派手なグループの子たちのことも、こんなに近寄り難く思わなかったはずだ。


「見ただけじゃ分からないことはたくさんあるよ。吉野くんのあのギターケースだって、黒くてステッカーとか貼ってあって、それを背負ってれば一見恰好良いけど。ポケットを覗くと実は可愛い猫のキーホルダーが入ってる。それは中身を見ないと分からないよね」

「それ自宅の鍵に付いてるキーホルダーだから」

「でもピックやチューナーが入ってると思うじゃない」

 確かにそうだ。見ただけじゃ分からないことは世の中に溢れている。見ただけで判断するには、わたしはあまりにも世の中を知らなすぎる。

「吉野くんも無口で無表情で、何考えてるか分かんないってよく言われるけど。言うべきことはちゃんと言うし、するべきことはちゃんとするひとなの。口数は少ないけど、話せば楽しいひとだよ」

 言葉が出てこない。
 無口な吉野くんも、言うべきことはちゃんと言う、するべきことはちゃんとする。
 だから矢田さんのために動けたのだ。このふたりは、矢田さんの内面を知っていたから。

 わたしは言うべきことも、するべきことも、何ひとつできなかった。できないまま、何も知らない矢田さんのことを悪く言ってしまった。
 悔やんでも、悔やみきれない。
 何度謝っても、足りないくらいだ。なのにさっきまで饒舌だったわたしの口は、動き方を忘れてしまったかのように重く、固い。

 身体も同じように全く動かない。

 それなのにわたしの目だけは元気なようで、じんわり熱くなったと思えば視界が歪み、すぐにぼろぼろと涙が溢れ出した。

「中谷さん! どうしたの!?」

 崎田さんが慌てた様子で駆け寄り、背中を撫でてくれたけれど、わたしの口はやっぱり動かない。
 吉野くんがギター部の部室にあったボックスティッシュを差し出してくれたけれど、身体が動かないわたしは、受け取ることができなかった。

「大丈夫大丈夫、そんなに気にしなくていいよ」

 そう言う崎田さんの声は、いつも通り穏やかだった。

 吉野くんはギターの弦をきりきりと鳴らしながら、優しい曲を弾いてくれた。慰めの言葉の代わりに曲だなんて。これが吉野くん「らしい」ということなのかもしれない。

 その優しい曲を聴きながら、変わらなければと思った。

 言うべきことはちゃんと言えるように。
 するべきことはちゃんとできるように。
 ひとの外見で判断せず、ちゃんと中身を見れるように。
 そのためには、ひととちゃんと話せるように。

 簡単には変われないかもしれないし、今まで使うことがなかった勇気を絞り出すのは大変かもしれない。

 でも、きっとわたしは、変わるべきなのだ。せめてふたりに、ちゃんとお礼が言えるように。




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