恋は人を変えるという(短編集)






 家を出る前に何度も鏡の前で服や髪型のチェックをしていたら、すっかり遅くなってしまった。

 高校を卒業して十年目。今日は同級会が開かれる。

 卒業してからも、吉野くんと崎田さんとは不定期に連絡を取り合っていたけれど、会うのは数年ぶりだ。


 若干緊張しつつ会場に着くと、出入り口に見覚えのあるふたりが立っていた。吉野くんと崎田さんだった。

 わたしに気付くと崎田さんは手を上げて、吉野くんは眠そうな顔を上げた。

 寒空の下待っていてくれたなんて。申し訳なくて、挨拶より先に謝罪をした。

 崎田さんは伸ばした髪を綺麗にまとめ、丁寧に化粧をしていて、あの頃よりずっと大人っぽく見えた。
 吉野くんは少し背が伸びていたし、スーツ姿は見慣れないから別人に見えたけれど、無表情は相変わらずだ。


 懐かしい顔に挨拶して回り、昔話に花を咲かせ、たくさん話し、たくさん笑ったあと、ふたりをロビーに連れ出した。

「話がある」と伝えると、吉野くんは「壺なら買わないよ」と牽制したけれど。違うよ、勧誘じゃないよ。

 誰よりも先に、ふたりに言いたかったことなんだ。わたしを変えてくれた、恩人のふたりに。


「実はね、結婚することになったの。相手は学生時代ドイツに留学したときに知り合ったひとで、ドイツ人。だから、ドイツに移住することになる。準備や手続きや仕事のこともあるから、行くのは秋以降になりそうなんだけど。ふたりにはこのことを、ちゃんと伝えておきたくて」


 高校時代、ふたりが手芸部に入ってくれたおかげで廃部を免れた。それからは何もかも順調。冬になる頃崎田さんが、前々から手芸に興味があったという文芸部の後輩たちを何人か連れて来てくれて、吉野くんと崎田さんが描き直してくれたポスターを見て来たというひとも来て、春には新入生が何人も入部してくれて、手芸部は一気ににぎやかになった。

 吉野くんと崎田さんが、人と上手く会話できなかったわたしを徐々に慣らしていってくれたおかげで、後輩たちとも打ち解けることができた。

 ふたりはちょくちょくわたしを外に連れ出してくれて、初めて映画館やカラオケやライブハウスに行った。
 三年生の初秋には、吉野くんが他校の文化祭でバンド演奏をするというから、崎田さんと一緒に見に行った。他校に入るのも初めてだった。

 色んな初めてを経験し、ちゃんと人と会話できるようになったことで世界が広がり、留学まですることができた。
 そこで知り合った彼と結婚することになったのだから、今のわたしがあるのはふたりのおかげと言っても過言でない。

 あれから十年。あの頃とは比べものにならないくらいましな人間になれたと思う。
 だってどもることもなく、言うべきことをちゃんと言えたのだから。

 わたしの告白を聞くと、崎田さんはぱあっと笑顔になってわたしの手を取り「おめでとう!」を連呼した。吉野くんは相変わらずの無表情で「へえ」と呟いたあと「おめでとう」と言ってくれた。この反応は予想通り。

 このふたりは変わらないな。勿論良い意味で。

 このふたりと出会えて本当に良かった。
 このふたりと出会えたわたしは幸せ者だ。




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