恋は人を変えるという(短編集)
向かい合って正座すると、彼女は困ったような顔のまま「言ってください」と切り出した。
俺が黙っていると彼女は、さらに困ったような顔になり、もう一度息を吐いた。
「佐原さんとは、まだ付き合って間もないですし、五年も会っていませんでしたし、なんなら仲良くしてもらっていたのは一緒に働いていた数ヶ月だけですけど。その……恋人同士になったわけですし、言いたいことがあるなら言ってください」
それでも黙っていると、彼女の表情が歪み始める。
「最近、ずっと考えていたんですが……もしかしてわたし、違いました?」
「え?」
「あの……一緒に働いていた頃は色々話して、楽しかったけど、実際付き合ってみたら違うなって、思ってます? もしかして、別れ話ですか……?」
「は、はぁっ?」
別れ話? そんなはずない。むしろ別れ話を切り出すのは彼女のほうじゃないのか? だから吉野くんとこんなに頻繁に連絡を取り合っていたんじゃないのか?
慌てて彼女の肩を掴んで「そんなわけないでしょ!」と否定する。
「別れ話じゃないなら、どうして嘘をつくんですか?」
ああ。これはもう告白するしかない。ここ数日の、俺の情けない気分を、洗いざらい話さなくてはならない。
観念して、息を吐いた。
「……吉野くんって、誰?」
聞くと彼女はきょとんとし、こてんと首を傾げる。
「高校の同級生ですよ」
「高校卒業して十年経っても頻繁に連絡取ってるなんて、相当仲良い同級生なんだね」
思いがけず皮肉っぽくなってしまった台詞が、情けなさに拍車をかける。
大人げない。こんな情けない男だと知ったら、彼女をさらに失望させてしまうかもしれない。特に、仲の良い同級生と頻繁に連絡を取り合っている今の状況なら、気持ちが離れてしまうかもしれない。
不安をよそに、彼女は平和に笑う。
昔俺が好きになった、あの明るく優しい表情で。
「仲は良いと思います。学生時代色々あったし、同じ部活だったし。佐原さんが地元に帰ったあとで再会して。アパートも店も近所なので、たまにごはんを食べに行ったりしてましたし」
学生時代色々あった? 同じ部活だった? 俺は彼女が何部だったかも知らないのに?
俺が地元に帰ったあとで再会した? アパートも店も近所? たまにごはんを食べに行く? 俺がいなかった五年間に起こったこととはいえ、何も知らないなんて。
「どんなひとなの? 吉野くんって」
「うーん、無口で無表情で何を考えているか分からない系男子なんですが、いいひとですよ」
「無口で無表情なのに、電話はするんだね」
「ちょっと連絡を取らざるを得ない用事がありまして。まあ、雑談もしていますが」
「もしかして、学生時代付き合ってたとか?」
「まさか。そういうことは全くありませんでしたよ」
「ここ最近もよく会ってるよね?」
「まあ、そうですね。先週は佐原さんずっと遅番でわたしが早番だったので、吉野くんの店やアパートに行きました」