恋は人を変えるという(短編集)
大人げない俺の質問にも、彼女は笑ってちゃんと答えてくれる。
そしてこうも堂々と「俺が遅番の日」に「吉野くんの店や部屋に行った」と言うのだから、浮気をしているというわけではないだろう。そう、思うけれど……。浮気はしていない、と。直接彼女の口から聞きたい。でもさすがにこれは大人げなさすぎる。
悩んでいたら、ついに彼女があははと声を出して笑って「浮気なんてしてませんよ」と。察してくれたらしい。
「吉野くんの部屋に行ったと言っても、半同棲中の彼女もいましたし。彼女の手料理食べました。おいしかったです」
「え、吉野くん彼女いるんだ?」
「いますよ。ひとつ年下なのにしっかり者の彼女が」
「あ、そうなんだ……」
「吉野くんに恋愛感情を抱いたことはありませんし、それは吉野くんも同じだと思います」
「吉野くんの気持ちは分からないでしょ」
「分かりますよ。何を考えているのか分からない系男子でも、一緒にいるとだんだん分かってくるんです。だから安心してください」
そうして彼女は俺のすぐ目の前に座り直して、柔らかな表情で、優しく、とても平和な笑顔を見せたのだった。
彼女にこんな顔で言われてしまえば、いつまでも大人げなく嫉妬しているわけにはいかない。
「分かった。信じる。けど、もうひとつだけ聞いていい?」
「なんですか?」
「用事って何? 俺には絶対言えないこと?」
聞くと彼女は少し悩んで、テーブルの上に置いていた携帯を取り、ある画像を俺に見せた。
そこに写っていたのは彼女と、吉野くんと思われる一重の男性、そして眼鏡をかけたたれ目の女性だった。彼女も眼鏡の女性もすっぴんで、三人とも揃いの浴衣姿。前に言っていた「温泉」か?
「吉野くんと、中谷さんです。高校の同級生で、同じ手芸部でした」
「えっ、崎田さん手芸部だったの? ていうか吉野くんも手芸部なの?」
「兼部だったので吉野くんはギター部、わたしは文芸部でした」
文芸部。小説を書いたりする部か。なるほど、読書好きでかつて古本屋で働いていた彼女らしい。納得できる。
「このたび、中谷さんが結婚することになりまして。相手はドイツの方で、秋に向こうに行くことになっているんです」
「へえ、それはおめでとうだね」
「はい。それで、吉野くんと何かプレゼントしたいねって話になって」
彼女が言うには、ふたりで散々プレゼントを考えた結果、曲を贈ろうということになったらしい。
元文芸部の彼女が作詞、元ギター部の吉野くんが作曲をし、昔吉野くんが組んでいたバンドを再結成してレコーディングし、それをプレゼントしようと。
簡単に会えない場所に行く友人に一曲というのは寂しいから、五曲ほど収録したミニアルバムにしようということになったが、これが思いの外大変な作業だった。小説ならまだしも、作詞なんてしたことがなかった彼女は悪戦苦闘。本当は三人で温泉旅行をした初夏に渡すつもりだったらしいが、ミニアルバムは完成しない。
現在四曲が完成し、残り一曲のところまできているのに、吉野くんが何度もボツを出すから、なかなか進まないらしい。
ああ。この間電話で言っていた「吉野くんが何度もダメって言う」「どうしたら良いかもう分かんない」「絶対吉野くんのほうが得意」「もう吉野くんやってよ」はそういうことだったのか。
ネタばらしをしたあとじゃあ、何も疑わしいことはない。
一緒に曲を作っているなら頻繁に連絡を取り合うし、会いもするだろう。
そのことを黙っていたのは「初めての作詞ですし、佐原さんには文芸部だったということも話していなかったので、恥ずかしいじゃないですか」という理由から。ちゃんとミニアルバムが完成したら、聴かせてくれるつもりだったらしい。