最悪な政略結婚を押しつけられましたが、漆黒の騎士と全力で駆け落ち中!
それなくして私は存在せず
 惜別の思いを振り切り、私はエヴルの手を強く握りしめながら前へ進んだ。

 思った以上に水の勢いが強くて、まともに目も開けていられない。
 でも激しい飛沫の音があっという間に遠ざかったかと思うと、代わりに牛と羊の鳴き声がぼんやり聞こえてくる。

「キアラ様、どうやら着いたようです」

 エヴルの声に恐る恐る目を開けると、広い草原に散らばって草を食む牛や羊の群れが目に飛び込んできた。

 足元に流れる浅い小川は、子どもの頃にエヴルと一緒に小魚を追った川。
 青空を突くようにそびえる雄大な山々の峰と、風に揺れる可憐な薄紫色の花は、見慣れた我が精霊家の領地の風景だ。

「私たち、本当にここに戻って来たのね」

 感動しながら後ろを振り向いてみたら、あの水のカーテンは影も形もない。
 しかも服は少しも濡れていないし、髪の毛一本、湿ってすらいなかった。

「さあ、すぐ神殿へ行きましょう」
「ここからなら、村の中を通った方が早いですね」

 私たちは小川から上がって村へと急いだ。
 カウベルを鳴らしながらノンビリと食事している牛の群れを掻き分けて、どんどん草原を進んで行く。

 ところが村の入り口にさしかかった所で、不意にノーム様の足が止まった。

「……あら?」
「ノーム様? どうかしましたか?」
「ええ、なんだかさっきからへんな足音が、地面をつたわってくるんです」

 ノーム様が不安そうに周囲を確かめる。
 私もキョロキョロ周りを眺めていたら、村の奥の方になにやら見慣れない恰好をした人影が見えた。
< 109 / 162 >

この作品をシェア

pagetop