最悪な政略結婚を押しつけられましたが、漆黒の騎士と全力で駆け落ち中!
 その目の奥の突き刺さるような鋭い光を見て、ピンときた。
 この人、ひょっとしてティボー様の……。

 私の勘を裏付けるような、貴族たちのヒソヒソ声が漏れ聞こえてくる。

「相変わらずお盛んなことだな」

「いつものことだろう? ティボー様が舞踏会のたびに、ご自分の愛人のオルテンシア夫人を堂々と同伴させるのは」

「それにしても今日はご自分の婚約式でしょう? いくらなんでも不謹慎ですわ」

「オルテンシア夫人の思惑ですよ。キアラ嬢を牽制するのが狙いなのでしょう」

「オルテンシア夫人は、夫が亡くなった直後に財産目当てでティボー様に近づいた人だからな。生き残るためには手段を選ばないさ」

 やっぱり……。このオルテンシア夫人はティボー様の愛人なんだわ。

 貴族に愛人は付き物だけれど、まさかティボー様に限ってそんな相手はいないと思い込んでいた。

 いや、べつに信頼していたわけじゃなくて。単純にティボー様が女性にモテるようなタイプには見えなかっただけで。

 というよりどう見ても、百戦錬磨の未亡人に財産目当てでうまく操られているだけみたいだけれど。

「ティボー様、ご覧になって。ほら、この前プレゼントしてくださった指輪を嵌めてまいりましたの」

 オルテンシア夫人が誇らしげに差し出す左手の薬指には、彼女の細い指が折れそうなほど大きなルビーが燦然と輝いている。
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