雨音の周波数
 車から降りて、会社へと続くドアの方へ行こうとすると、佐久間さんに手首を掴まれた。

「あの」
「小野はこっち」

 腕が引っ張られる方へ進むと、私の車の前に来た。

「小野は体調不良のため、今日は直帰になります」
「え、あの大丈夫です。ちゃんと仕事しますから」
「その顔じゃ、みんな心配する。去年の年末から今まで働き通しだろ。たまには早く帰って休みなさい。仕事は明日でも充分間に合うから。もし、なにかあってもみんなでフォローする。だから無理するな」

 鏡は見ていないけど酷い顔をしているだろ。洗面所で顔を洗って、メイクで誤魔化せる範囲を超えてしまっている気がする。そんな顔の人間が必死に仕事をしている姿なんて迷惑になる。

「今日は直帰します。ありがとうございます」
「ああ、ゆっくり休め」

 佐久間さんは私の車が出るまで見送ってくれた。

 車を走らせている間、なにも考えないようにした。また泣くのも嫌だし、圭吾のことを考えて運転がおろそかになるのも危険だ。

 今は家に帰ることだけを考えよう。

 信号で停止をしたとき、隣にある鏡張りのビルに顔が映った。

 目、真っ赤。冷やさないと。

 泣きはらした自分の顔を久しぶりに見た。それだけ泣くという行為をしていなかったのだろう。それこそ自分が泣く生き物だということも少し忘れていた。

< 44 / 79 >

この作品をシェア

pagetop