雨音の周波数
 一応、口説かれているのだろう。あまりにも突然のことで、どう答えたらいいのかわからない。トマトの卵炒めをレンゲで掬い、美味しそうに食べる佐久間さんを見つめる。

 佐久間さんならいい旦那さんになるだろう。結婚相談所のお見合いパーティーという設定であれば、佐久間さんは完璧に合格ラインだ。収入よし。小さくても会社社長。性格よし。優しいし、人のことをしっかり見ている。人として尊敬もできる。見た目もよし。すごいイケメンではない。でも精悍な顔立ちでそれなりの見栄えだ。

「そんなに見つめてどうしたの? 案外、いいかもって思ってる?」
「いや、あの」
「答えは焦らなくていいよ。ゆっくり考えてほしい。あと、僕は結婚しても仕事を辞めろなんて言わないから。これからも大事な弟子をしっかり育てたいと思っている。それと子供をすぐにほしいとも思っていない。これからの人生をのんびり歩いていきたいんだ。いいパートナー、いい夫婦になるよ、きっと」

 佐久間さんはこの話は終わりという雰囲気を醸し出した。

「トマトをもっと食べなさい」と言いながら、私の小皿にトマトをよそってくる。

 言葉通り、反射的に断るな、考えろ。そういうことなんだ。

 空いたお皿が下げられ、デザートの杏仁豆腐が来た。中華の濃い味付けの後に食べる、さっぱりした甘さは口にも胃にも優しかった。

 杏仁豆腐を食べていると、佐久間さんが急に笑い出した。

「どうしたんですか、急に」
「いや、小野がまだ大学生で、うちのアルバイトだったときのことを思い出したんだよ」

 アルバイトのとき、こんなに笑われるようなことをした記憶がない。いぶかしげに佐久間さんを見た。

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