雨音の周波数
「大事な彼女に決まっ」
「嘘だよ」

 圭吾の言葉を遮るように言葉を被せた。一瞬の沈黙が訪れる。周りの話し声や食器の当たる音だけがよく聞こえた。

「どうして嘘だって言うんだ?」

 ゆっくりと顔を上げる。圭吾と目が合った。その目は小さな怒りと小さな悲しみが混じっている。

 私は少し息を吐き出してから口を開いた。

「高三の一学期の期末試験最終日に、女の子に呼び出されてプール横の通路に行ったでしょ。あのとき私もいたの。圭吾を迎えに行ったら、クラスの子が教えてくれてね」

 圭吾の視線は揺るがずに真っ直ぐ私を見ている。

「女の子が圭吾に "セフレになって"って言ったとき"いいよ"って返事したよね。すごくショックだった。圭吾のこと大好きだったし、信じていたから。それから圭吾のことが信じられなくなったの」

 私の話しが終わると、圭吾は肩を落とし、深くため息を吐いた。

「春香。俺が"いいよ"って言った後の言葉聞いた? 全部聞いた?」

 あのとき"いいよ"って言葉にショックを受け、走って逃げだした。

 私の反応を見て、圭吾は小さく笑った。その表情は私の苦手な英語を教えてくれるときの顔だった。

「その感じだと聞いてないよな。今からもう一度言う。だから今度は逃げないでくれ」

 そう言って私の目を見つめた。

「いいよ。ただし俺が春香を嫌いになったらね。そんなことは一生有り得ないから他を当たって」

 嘘……。まさかそんな言葉が続いているなんて思わなかった。衝撃を受けて、なに一つ言葉が出てこない。つまり私の勘違い。

< 58 / 79 >

この作品をシェア

pagetop