雨音の周波数
 喉の奥がチクチクと痛かった。佐久間さんが聞きたかった言葉はこれではないというのが伝わった。

 微妙な空気を裂くように注文した料理がやってきた。美味しそうな料理が目の前にあっても、お互い食べようとしない。

 佐久間さんが納得できるように説明しないと。そう思っているのに、なにから伝えればいいかわからず言葉が出てこない。

「君は、この十年、彼のことをどう思っていた」

 きっと薄っぺらな言葉を並べても佐久間さんは全てを見透かすだろう。

「半年に一回あるかないかですけど、ふと思い出すことはありました。いつも苦しい思いになるんです。恋の記憶なんてそんなものですよね」
「半年に一回。女性にしては随分よく思い出すんだね」
「たまたまです。本当にもう忘れていますから」

 私の顔をじっと見つめて「そんな顔していないよ」と、佐久間さんは言った。

「そんなことないです。もう終わっています」
「忘れています、終わっています。これは自分の気持ちじゃないよね。相手の気持ちを表す言葉だよね。彼は忘れています。彼は終わっています。自分の気持ちなら忘れた、終わったって表現するよ。それに過去の恋に"忘れた"と"終わった"の両方を使うときは、だいたい忘れられない恋なんだよね」

 なにも言えない私はただ俯くばかりだ。佐久間さんはそのまま言葉を続けていく。

「忘れられない恋って、裏を返せば失恋していますって言っていることだと思う。でも、正しい解釈は好きな人がいますって意味だよ」

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