あなたを守りたい
 僕達は、一番後ろの席に並んで座った。
 彼女の肩が触れる。
 やっぱり彼女といるとドキドキする。
 諦めなきゃいけない人なのに。

「先週、うちの近くで痴漢騒動があったの。その前も、夜遅くにひとりで歩いていた女の子が空き地に連れ込まれて乱暴されてね」
「物騒ですね・・・」
「うちの回り住宅地だけど、夜は歩いている人もほとんどいなくて」
「大通りから少し入り込んだだけで、違うもんなんですね」
「だから、ジムに行かない日は、定時で帰るの。その時間だと夏場はまだ明るいし、冬でも歩いている人が多いから」
「そうですね。少しでも早い時間がいいですよ」

 バス停に着く度に車内は混雑していく。
 僕達の近くにも、立っている人が増えて来た。
 ちらりとこちらに目を向ける乗車客。
 彼らには、僕達2人はどう映っているのだろう。
 会社帰りの同僚。
 それとも恋人同士?

 糸田3丁目を告げる車内アナウンス。
 誰かが押したチャイムが赤く光る。

 僕達は、最後に降りた。

「今日は楽しかったわ。やっぱりひとりで帰るより、誰かとおしゃべりしてた方が楽しいわね」
「僕も楽しかったです」
「それじゃ、私こっちなので」

 彼女は、細い路地を指差した。

「あの、僕もそっちから帰ってもいいですか?」
「いいけど、遠回りになるんじゃない?」
「そんなに変わりませんよ。ただ、坂道がきつそうなだけで」
「うん、確かに普段通らない人がここを上がったらきついでしょうね。私は毎日だから慣れちゃった」

 そこには傾斜角度40度はあろうかと思える坂道のお手本みたいな坂が続いていた。
 そんな坂を、平坦な道を歩くようにすいすい上がって行く彼女。
 僕はというと、普段の運動不足もたたって、坂の半分くらいで息が上がってしまった。

「大丈夫?」
 
 僕を心配して振り向く彼女。
 その姿は僕より3メートルくらい先にあった。
 その彼女が、僕の方に戻って来る。

「えっ?」
「ほら、頑張って」
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