あなたを守りたい
 そう言うと、彼女は僕の背中を押してくれた。

「すみません」

 情けない。
 これを機に、体力を付けよう。

 坂の上に着く頃には、大きく肩が上下した。

「私も始めはそうだったのよ。特に夏なんか最悪。酸欠状態になってたわ」
「そうなんですか? それが今では何でもなかったかのようになるんですね」

 苦しい。
 息が上がる。
 出てくる言葉も途切れ途切れだ。

 僕が息を整える間、彼女はずっと横で待っていてくれた。
 やっぱり優しい人だ。
 ずっと片思いのままでいい。
 僕は千春さんを思い続けたい。

「もう大丈夫です。すみませんでした。僕がこっちから帰るなんて言い出さなかったら、もっと早く帰れたのに」
「いいのよ。気にしないで。それじゃ、行きましょうか?」
「はい」

 坂の一番高い所を左に曲がる。
 そこから30秒くらい歩いた頃だった。

「あ、見えて来た。あそこよ」

 彼女が指差した先に、5階建てのマンションがあった。
 道の右側。
 その両隣は2階建ての一軒家が建っている。
 間ににょきりと伸びた茶色いマンション。
 ここが坂の一番高い通りなので、マンションからの眺めはいいはずだ。

「あそこの2階が私の部屋よ」
「いい所ですね」
「ワンルームなので、単身者ばかりなの。だけど、特に親しいって人も無く、会えば挨拶くらいはするけど、それだけって感じかな」
「どこもそんな感じですよ」
「黒沢くんの所も?」
「ええ。僕の家は2階建てのボロアパートなんですけど、やっぱり独身の人が多いから交流もありません」
「そうなのね」

 話している間にも、別れの時はやって来た。
 明日の朝まで会えない。
 だけど、今日は今までで一番長く彼女といられた。
 それで十分だと思わなくては。
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