あなたを守りたい
 2階の丁度真ん中。
 号数的にはおそらく203号室。

 ヤバっ。
 まるでストーカーだ。

 慌てて目を逸らすと、その先の坂道を駆け下りた。


 会社に着くと、いつものように受付を掃除している彼女がいた。
 僕に気づいた彼女が近づいて来る。

「おはよう。昨日はありがとう」
「いえ。迷惑を掛けてしまってすみませんでした」
「そんな事無いわよ。また時間が合った時には一緒に帰りましょ」
「はい」

 良かった。
 坂道でバテバテだった僕を、頼りない奴だと思われたらどうしようと不安だった。
 どうやらその心配はなさそうだ。
 とは言ったものの、実は足が少し凝っている。
 やっぱり毎日あの坂を上って鍛えよう。

 今日は金子さんとデパートへの納品がある。
 荷物が多い時は、こうして複数の営業が一緒に行動する事もある。
 だけど、基本1人だ。
 気が楽と言えば楽だけど、全て自分の責任で行動しなければならない。
 今はまだ得意先を回るだけだからいいけど、3ヶ月の試用期間が終われば、新規開拓を始めなければならない。

「おはよう」
「おはようございます」
「あれっ? 今日は何だか元気じゃん」
「えっ?」
「もう諦めはついたのか?」
「藤井さんの事ですか? 僕、このまま片思いでいようと思います」
「はあ? お前に勝算が無くてもいいのか?」
「勝算って、別に彼氏から奪おうなんて考えてませんよ。このままでいいんです。このまま彼女を見守りたいんです」
「それで、お前が良いって言うんなら、俺は口を挟む事はしないけど」
「はい。だから、今まで通り、そっとしておいて下さい。あ、僕が彼女の事を好きだって事、絶対内緒ですからね?」
「わかってるよ」

 何だか吹っ切れた。
 別に諦める必要は無いんだ。
 このままでいいんだ。
 そう思うと、凄く気持ちが楽になった。
 例えてるなら、アイドルの誰かを想うファンの心境だろうか。
 僕はこれからも彼女を見守る。
 
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