あなたを守りたい
 金子さんとデパートへの納品、そして別の得意先を回って社に戻ったのは、18時を少し回った頃だった。
 僕は千春さんの姿を探す。

 いた。
 私服姿って事は、今から帰るところみたいだ。
 良かった。

「あらお2人さん、お帰りなさい」
「お疲れ様です」
「千春ちゃん、帰るの?」
「ええ。今日はジムに行くの」
「そう。頑張るね、週に1回だけど」
「ちょっと金子くん、どうしてあなたの言葉には棘があるんでしょうね?」

 千春さんが恨めしそうな目で金子さんを見ている。
 2人の掛け合いは、漫才みたいで面白い。
 僕も、あんな風に気軽に話せるようになりたいと思う。

「それじゃ、急ぎますので失礼」

 そう言ってくるりと背を向ける彼女。
 そのターンに少し遅れて揺れる髪が肩を優しく撫でた。

「黒沢くん、またね」

 もう一度振り向いた彼女は、僕に挨拶してエレベーターの中に消えた。

「おい黒沢。何ぼーっと突っ立ってるんだ。ほら、日報仕上げるぞ」
「はい」

 
 それから会社を出たのは19時半を過ぎた頃だった。
 千春さんは、何時頃帰り着くのかな。
 僕はいつものバスに乗り込むと、彼女と座った後部座席に腰掛けた。
 
 
 
 バスを降り、まるでそこがいつもの帰り道かのように、自然に坂道を上り始めていた。
 千春さんが言ってたように、この時間になるとやはり歩いている人はいない。
 こんなにたくさんの住宅が並んでいるというのに、みんなどこへ行ってしまったのかと思う。
 軒を並べる住宅の窓からは、カーテンの隙間から細く漏れる部屋の明かりが頼りなく覗いている。
 
 坂を上り詰め、左に曲がると彼女のマンションに向かった。
 部屋にはまだ明かりが無い。
 まだ帰って来ていないんだ。
 時刻は20時を回っていた。
 僕はそのまま前方に顔を戻し、歩くスピードを速めた。
 それにしても誰にも会わないな。
 マンションから15メートルほど先に進んだ所に空き地がある。
 そこには立て看板がある。
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