あなたを守りたい
「ところで千春ちゃん、まだジム通ってる?」
「うん。しばらく行ってなかったけど、今晩から再開するつもり」
「どこのジム?」
「えっ? 聞いてどうするの?」
「俺も行こうかなーって」
「えー」
「何だよその嫌そうな返事は」
「だって、汗かいてるとこ、知ってる人に見られたくないもん」
「もしかして、ブラが透けて見えるとか?」
「も~エロ金子! 汗かいて透けるような服、着ていません!」
「な~んだ。残念」
「まったくもおー」

 金子さんとのやり取りを聞いている限りでは、もうすっかり以前の彼女に戻った気がする。
 
 定時に帰って行った彼女。
 今頃はいい汗をかいている頃だろう。
 時刻は午後7時。
 日報を書き終えた僕は、バス停へと向かった。
 仕事中も、こうして家路を急いでいる時も、頭に浮かぶのは彼女の事ばかり。
 もう家に帰り着いただろうか。
 この前のように怖い目に遭っていないだろうか。
 もう二度と彼女を辛い目に遭わせたくはない。
 こういうのは彼氏が心配すればいい事だけど、遠距離でしかも上手くいっていない関係を考えると、どうしても心配してしまう。
 ほっとけない。
 僕が彼女を守りたかった。

 バスを降りて坂道を上がる。
 まだ7時半前だが、誰も通っていなかった。

「やっぱりこの道は物騒だな」

 坂の頂上まで行き、左に折れて彼女のマンションの前まで来た。
 部屋に明かりはない。
 念の為、こないだの空き地を見に行く。
 カバンから小さなライトを取り出してスイッチを押した。
 LEDの光が、前方を照らし出す。
 コンパクトだけど、なかなか使える。
 この前の事があって以来、僕はいつもこのライトを持ち歩いていた。
 空き地には誰もいない。
 僕はもう一度マンションの前まで戻り、帰って来ていない事を確認すると、坂が見える四つ角まで戻った。
 ここに立っていたら、坂を上がって来たとしても、大通りを通ってマンションの先の通りを戻って帰って来たとしても見渡せる。

 時刻は8時半。
 
「遅いな・・・」

 
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