あなたを守りたい
 すると男は、怒ったような顔でその場から消えた。
 そして、彼女が身を乗り出して何か言っている。
 助手席の窓を開けて聞こえて来たのは「早く行って!」という彼女の声だった。
 
 訳がわからない。
 だけど、その場から逃げなくてはという思いで、エンジンを掛けるとすぐに車を出した。
 ゆっくり走りながらバックミラーに目を向けた。

「マジか」

 そこに、車を追いかけてくる男の姿が映っていた。
 僕はアクセルを強く踏む。
 男の姿がどんどん小さくなる。
 僕はウインカーを出すと、大通り目指して坂を下って行った。

 たくさんの車の列に紛れる。
 もうあの男は追いかけて来ないとわかっていても、未だに息が荒いままだ。
 運転席に座ってアクセルを踏んでいるだけなのに、軽くジョギングをした気分だ。
 さて、どうしよう。
 夕食の買い物もしたかったが、今はとりあえず家に戻りたくなった。

 僕は途中でUターンし、自宅へと戻った。
 ここは、彼女にもあの男にも知られていない。
 それでも、厳重に二重ロックを掛ける。
 千春さんは、あの男に何と言ったんだろう。
 血相を変えて追いかけて来たくらいだから、僕に好意を持ったわけではないのは確かだ。

 それから1時間ほど経って、僕はやっと動き出した。

「どうしよう・・・」

 冷蔵庫を覗く。
 中には食材はほとんど入っていなかった。

「やっぱり買い出しに出ないといけないな・・・」

 彼女の家の前を通らなければ、もうあの男に会う事はないだろう。
 念の為、いつもより遠いスーパーまで行く事にしよう。
 僕は、財布と車の鍵を手に取ると、ドアを開けた。

「えっ!」

 どうして・・・
 そこに、彼女が立っていた。

「千春さん?」
「ごめんね。急に来ちゃって」

 僕は、彼女を部屋に上げた。
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