婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
圭司と一緒に美容室のソファーで待っていると、若い男性の美容師さんがやってきた。
「お待たせしました。本日担当させて頂く佐久間です。こちらへどうぞ…」
ニコリと笑う佐久間さんは、どうやら、とても有名なカリスマ美容師らしい。
お店に置いてあった雑誌に、佐久間さんの記事が沢山載っていた。
「今日はどうしますか?」
屈んだ姿勢で佐久間さんが顔を寄せた。
「えっと とにかく…この重たい髪を何とかしたいんですけど…」
佐久間さんは私の大雑把なリクエストにフッと笑いながら、髪を軽く持ち上げた。
「じゃあ 少しレイヤーを入れながら、痛んでるところを中心にカットしていきますね それから、少し明るめにカラーリングして、毛先の方を軽く巻いてみましょうか?」
「あ はい それでお願いします」
うんうんと頷きながら目を輝かせた私に、佐久間さんは、「任せといて うんと可愛くしてあげるから…」と甘い声で囁いた。
さすが、カリスマ美容師だけあって、女の子の扱いにも随分慣れているようだ。
何だかホストのようだなと苦笑いを浮かべていると、佐久間さんが早速、私の髪にハサミを入れ始めた。
その手の動きは驚くほど綺麗で、思わず見とれてしまうほどだった。
佐久間さんは、私の反応を見ながら上手に話題を振ってきた。
何だか凄く話しやすい…
こういう所もプロなんだな~と改めて感心した。
すっかり佐久間さんとも打ち解けて、楽しくお喋りをしていると、ふと鏡越しに圭司の視線を感じた。
一瞬目が合ったけれど、圭司はすぐに読んでいた雑誌へと視線を戻してしまった。
「格好いいよね 彼氏」
「えっ? あー 彼氏じゃなくて、旦那さんですよ もう、結婚して七年目です」
「へー 随分、若い時に結婚したんだね~ でも、あんなに格好いいと心配じゃない? 黙ってても女の子の方から寄って来ちゃいそうだし…」
「そうですね でも、信じてますから…」
なんて…
昨日の夜、浮気を疑って家まで出た私がよく言うよねと心の中で突っ込んでいると、佐久間さんがクスっと笑った。
「確かに、心配なんて要らなそうだね…」
「えっ?」
「いやいや 何でもない」
佐久間さんは意味あり気にそう言うと、楽しそうな表情で再び私の髪にハサミを入れた。
そして、二時間後、私は完全に生まれ変わった。
「うわ~ ありがとうございます~ さすが、カリスマ美容師さんですね~ 凄く嬉しい」
「気に入って貰えって良かった あっ 旦那さん待ってるから、早く見せなきゃね」
「はい」
私は浮かれながら、圭司の前に飛び出した。
「おー 可愛いじゃん 凄く似合ってるよ」
圭司に誉められて、ご機嫌な私…
「うん ありがとう」
そんなやりとりを佐久間さんは満足そうに眺めていた。
「ありがとうございました また、お待ちしております」
お店の前まで見送ってくれた佐久間さんが、そう言って深く頭を下げた。
私も笑顔で会釈して、階段の方へと振り向こうとしたその時、「あっ! ちょっと待って」と佐久間さんが私のことを引き止めた。
「少しじっとしてて…」
佐久間さんはそう言うと、腰からコームを取り出して私の髪に当てながら、さらに手で形を整え始めた。
さっき、圭司が私の髪に触れてしまったから、きっとプロ意識の高い佐久間さんには、その乱れが許せなかったのだろう。
でも、さすがに目の前にある佐久間さんの度アップに耐えきれず、目を閉じて俯いた瞬間、グイッと圭司が私の腕を引いた。
「もう 大丈夫ですから…」
「えっ 圭司?」
「あっ… スミマセン」
ハッとした佐久間さんが、私から離れて圭司に謝った。
圭司は佐久間さんに軽くお辞儀をすると、私の手を引き、無言で階段を降りていった。