婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~

『あのさ なつ… 今更だけど、ごめんな あんなことしてさ…』

松井くんは気まずそうに切り出した。

『もう いいよ 三年も前の事だし… それに、煽るようなことした私もいけなかったから…』

そう
あれは、わざわざ追いかけて、背中にまで抱きついてしまった私が悪かったのだ。

『いや あれは完全に俺が悪いよ ホントにごめんな ずっと謝りたかったんだけど、連絡先も消しちゃたし それに、なつのことを忘れるっておまえの旦那とも約束しちゃったからさ…』

あ そうだよね…
松井くんは、私のことをちゃんと忘れようとしてくれてるんだよね… 
それなのに、こんな電話なんてしたら、また松井くんを苦しめることになっちゃうよね

何やってるんだろ 私…
この電話に、私は出るべきじゃなかったんだ…

『こっちこそ、ごめんね 子供のイタズラとはいえ電話かけちゃって… もう 切るね 松井くん』

『あー 待てよ まだ 切んなよ…』

慌てた声で松井くんが言った。

『えっと…でも…』

『なつは今、幸せなの?』 

『な 何 急に…』

『いいから 言えよ… ちゃんと幸せか?』

『そ そりゃ 幸せに決まってるでしょ だから…松井くんだって、早く幸せになりなよ…』

『俺はいいんだ… 一生なつのことだけを想って独りで生きていくから…』

『ちょっと! 松井くん!』

『アハハ 冗談だよ さすがに俺だって、そこまでしないよ…』

電話の向こうで、松井くんが笑った。

『もーう やめてよ 松井くんが言うと冗談に聞こえないよ…』

『大丈夫だよ 俺、今、好きな子がいるから うちの旅館で働いてくれてる子… もう何度かふたりで出かけたりしてるんだけど、明日、その子にちゃんと告白しようと思ってる 一緒に旅館継いでくれないかって…』

『そうなの!? よかったね 松井くん…』

松井くんが幸せになってくれたら、私も嬉しいよ…

『いや まだ 早いだろ フラれるかもしんねーし』

『大丈夫だよ 松井くんならフラれないよ!』

『なつに言われると、全然説得力ねーな』

『あ… いや でも、松井くん、口は悪いけど、優しいし、格好いいし、頼りがいあるし… 自信もっていいよ』

『そうか? なら 今からでも俺のとこくるか?』

『えっ? いや それは…』

『バ~カ 冗談だよ まあ そんな感じで俺は幸せを掴む予定だから、もう俺のことは気にすんなよ じゃあ あんま話してると旦那に殺されちゃいそうだから、もう 切るな 元気でな…なつ』

『うん 松井くんもね』

と、そこで松井くんとの電話を終わらせた。
私は、ふーと一息ついた後、何となく後ろに気配を感じて振り向いた。

「えっ!! 圭司 いつからそこにいたの!?」

リビングの入口には、凍るような冷たい目をした圭司が、壁に手をつきながら静かに立っていた。



< 34 / 77 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop