婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
男は私の腕を掴んだまま、コンビニの脇にある狭い路地へと入って行く。
「あ あの… やっぱり、私…帰ります…」
この男は弁護士なんかじゃない…
だって、この先は行き止まりだ。
身の危険を感じて逃げようとした私を、男はビルの壁へと押さえつけた。
「じゃあ、さっさと金出せよ!」
男は低い声を出して、私の首にナイフを当てた。
「ヒャ!」
冷たいナイフの感触に背筋が凍っていく。
でも、すぐそこは大通り…
何とかここさえ、逃げ出せれば…
「分かったから… ちょっと待って」
私はバックからお金を取り出すふりをして、男の手首に思い切り噛みついた。
「イッテ-!」
男がナイフを落としたその瞬間、私は走り出した。
「おい 待て こら!」
男は叫びながら後ろを追ってくる。
「キャ!」
結局、数メートルの所で私は追いつかれ、捕まってしまった。
「イヤ! 離して!!」
私はもがきながら必死に抵抗した。
「うるせー 静にしろ!」
再び男が私にナイフに突きつけた時だった。
誰かが、ナイフを握った男の手を捻りあげた。
「イテテテッ!!」
「おまえ、ひとの大事な妻に何してくれんの?」
そう言って、ヒローのごとく目の前に現れたのは…私の愛しの旦那様、圭司だった。
「けい…じ」
突然の圭司の登場に驚いていると、圭司は私の背中をスッと押した。
「なつ、危ないからちょっと下がってろ」
「えっ あっ」
圭司は私が離れるや否や、男の腹部を膝で思い切り蹴り上げて、倒れ込んだ男の髪を掴んでこう言った。
「で? おまえの仲間はどこにいんの? ちゃんと吐かないとおまえの腕へし折るけど」
「わ 分かった 言うから… もう、やめてくれ」
観念した男が仲間の待機場所を伝えると、圭司は片手で携帯を取り出し警察に通報した。
そして、男はすぐに駆けつけてきた警官達に引き渡された。
「良かった… 圭司が無事で…」
圭司の顔を見るまでは、やっぱり不安だったから…
ホッとして思わずそう呟くと…
「それは、こっちのセリフだよ… 心臓止まるかと思っただろ?」
圭司ははーとため息をついて、私を強く抱きしめた。
「うん ごめんなさい… 恐かった」
私の目から、涙がポロポロと溢れ出した。
「なつ もう大丈夫だから…」
圭司は優しく宥めるように言いながら、涙の跡にそっと口づけた。
その瞬間、後ろからエッヘンという咳払いが聞こえてきた。
ハッとして顔を上げると、3人の警察官が私達をとり囲むようにして立っていた。
「お取り込み中のところすいませんが、お二人とも署の方まで来て頂けますか?」
警察官の言葉に、圭司は慌てて私を引き離した。
「あっ すいません はい、行きます」
圭司は気まずそうにそう答えると、私の手を握ってパトカーへと歩き出した。