婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
「あ あの… 香奈子さんのご主人って、今日はお仕事とかですか…?」
圭司を見つめる香奈子さんに、思い切ってそう尋ねてみた。
「主人? あー 主人なら愛人のところよ」
「えっ!」
ギョッとして固まる私を見て、香奈子さんがフフっと笑った。
「あっ 冗談…ですか?」
「うーん 残念ながら、ホント… あの人、自分の秘書とできてるから… 主人はね、社長だから休日なんてお構いなしに仕事にも出てるけど、どうせ今頃、社長室で秘書と抱き合ってるわ。まあ、もうすぐ私との離婚も成立するし、どうしてようと構わないけどね」
「そう…だったんですか」
こんな時、どんな言葉をかけたらいいのだろうか…
うまく言葉が浮かばない。
「あー いきなり、こんなヘビーな話してごめんさないね… 引いちゃった?」
「引くだなんて、とんでもない…」
「じゃあ、これからも仲良くして貰える? できれば家族ぐるみで… うちはこんな事情で父親はいないけれど…」
私の手をギュッと握りながら、香奈子さんがそう言った。
「もちろんです! 困ったことや何か力になれるようなことがあったら、遠慮なく言って下さいね」
私が笑顔で答えると、香奈子さんはパッと目を輝かせた。
「本当にありがとう… それじゃあ、早速なんだけど、その敬語をそろそろおしまいにしてもらいたいなって…」
「あっ はい… いや、うん! やめる…ね」
ぎこちない私の返事に、香奈子さんはクスリと笑った。
…………
『それでは、未就園児のお子様は保護者の方と一緒に園庭に集合して下さい。』
アナウンスを聞いて園庭へと向かうと、既に小さい子供達がたくさん集まっていた。
先生達はテキパキと、集まった子供達を横7人の列へと並べていく。勇斗は悠真くんのすぐ後ろに並ばされた。
保護者も直前までは子供に付き添うようにと言われ、私も勇斗の隣に腰を下ろして並んでいたのだけど…
どうも、さっきから勇斗の様子がおかしいのだ。
「ねえ 勇斗~ パパ見てるから手を振ってあげたら~ ほら、写真も撮ってくれてるよ~」
そんな私の言葉にも勇斗は一切反応せずに、ただ黙って俯いているだけだった。
「勇斗くん、どうしたの?」
香奈子さんが、心配そうに聞いてきた。
「うーん 多分ね、こういうの参加するの初めてだから、緊張しちゃってるんだと思う…」
未就園児の競技は、直線コースのかけっこなのだけれど…
これじゃ、スタートだってきれないかもしれない。
ふーとため息をついた時…
なんとなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ふーん 1位だとノートの他にお菓子と色鉛筆が貰えるんだ~ よし、大樹! 頑張って1位とっといで!」
「うん!」
ん? 大樹…
あっ あの時の!
ハッとして、私は声の方へ顔を向けた。
やっぱり、そうだ…
勇斗のサクレンジャーを壊した大樹くんとそのママだ。
しかも、勇斗と同じ列にいる。
そして、公園にいたもう二人の男の子達も、一つ前にいる悠真くんと同じ列にすわっている。
うわっ~
あの子達、勇斗と同じ学年だったのか…
そっか…
それで、勇斗は…
その時だった。
「あ! あいつ、公園の奴だ~! でも、どうせビリだぜ… あいつ泣き虫だもん」
勇斗に気づいた大樹くんが、指をさしながらそう言った。
そして、前にいた男の子達も、ベーと変な顔を作って、勇斗をからかい始めた。
ママ達の方はおしゃべりに夢中で気づく様子もない。
香奈子さんや悠真くんも、心配そうな顔で振り返った。
「勇斗… 気にしなくていいからね」
私がいくらそう言っても、勇斗は泣きそうな顔で俯くばかり…
すると、香奈子さんが、勇斗の顔をのぞき込みながらこう言った。
「ねえ 勇斗くん かけっこで一番になってさ、あの子達に仕返ししちゃおうよ!」
勇斗は香奈子さんの言葉にゆっくりと顔を上げた。
「悠真も一緒に仕返しするって言ってるから… ね? 悠真」
「うん! 僕、一番取ってあげるよ! 勇斗くんも頑張ろう」
悠真くんがそう言うと、勇斗は涙を手でこすりながら力強く頷いた。
………
『よーい ドン!』
何人かの先生が一斉に走って、お手本を見せてくれた。
前に美咲ちゃんママが教えてくれた健人先生もいる。
「あの男の先生、カッコ良いいよね」
「なんか加藤瞬に似てるね」
あちこちでママ達が噂する中、大樹くんママだけは仕切りに別のところを気にしている様子だった。
「ねえねえ、あのダークグレーのニット着てる人、ちょっとカッコ良くない?」
「「えっ どこ どこ?」」
大樹くんママの言葉に、二人のママ達がキョロキョロと辺りを見回した。
「ほら、すぐそこだって…」
どうやら、大樹くんママは圭司のことを言っているようだ。
「えっ あの人? うわっ! マジでカッコいいかも…」
「ホントだ~ すごいイケメン!」
「ねえねえ、何気にこっち見てない?」
「そーなの さっきからすごく視線感じてて… 私達の誰かを見てるのかも…」
「えー まさか~」
「でも、そーだったら、どうしよ~う ちょっとドキドキしてきた」
ふざけているのかと思いきや、三人とも顔が真っ赤だ。
どうやら、本気でドキドキしてるらしい…。
圭司はそんな三人を見て、何かを企むようにふっと笑った。
そして、彼女達をチラリと視界に捕らえながら、嫌みたっぷりにこう叫んだのだ。
「勇斗~ 頑張れよ! ひとのオモチャ壊しても謝らせないような、バカ親の子供になんか負けんじゃねーぞ!」
その瞬間、真っ赤だったママ達の顔が、みるみると青ざめていったのだった。