婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
次の日…
買い物から帰ってくると、エレベーターの前に香奈子さんと悠真くんが立っていた。
「あ…ゆーまくんだ」
勇斗はそう呟くと、悠真くんの元へとかけていった。
「あっ 勇斗くん!」
悠真くんの声に、香奈子さんも振り返った。
二週間ぶりに見た香奈子さんは、少しやつれたように感じた。
「こんにちは… 香奈子さん」
私は思わぬ再会に動揺しつつも、精一杯の笑顔で挨拶したのだけれど…
「どうも…」
香奈子さんからは、素っ気ない返事が返ってきた。
「勇斗くん、お菓子あげる~」
一方、悠真くんはニコニコしながら、勇斗の手に自分の持っていたグミをのせた。
「あいがと。」
勇斗は嬉しそうに受け取ると、悠真くんとふざけながらグルグルとエレベーターホールの中を走り出した。
「あの… 香奈子さん…」
「何?」
「この間はごめんなさい… もう、体調は大丈夫?」
私の言葉に、香奈子さんは少し驚いた表情でこう言った。
「聞いてないの? 瀬崎くんから… てっきりそれで、連絡ないんだと思ってたけど…」
「え?」
「私ね、本当はあの日、あなたの旦那を誘惑したのよ」
「あっ うん それは聞いたよ… 香奈子さんが高校の同級生で、昔、圭司を好きだったことも…」
「あっそう… じゃあ、私には関わらない方がいいんじゃない? 何するか分かんないわよ… 私」
と、そこで、エレベーターが1階に下りてきて、ドアが開いた。
「悠真! 早く、いらっしゃい…」
香奈子さんは悠真くんの手を掴むと、さっさとエレベーターへと乗り込んでいった。
「あっ 待って…」
私も急いで勇斗の手を引き、慌てて飛び乗った。
エレベーターが動き出すと、香奈子さんは大きくため息をついた。
「なつさんって頭弱いの? よく自分の旦那を寝取ろうとしてる女と平気で話せるわね。」
「香奈子さんは本気でそんなこと思ってないでしょ? あの日だって、本当は…」
そう言いかけて、香奈子さんの異変に気がついた。
香奈子さんは額に手を当てながら、苦しそうに目をぎゅっと閉じている。
「香奈子さん 大丈夫? 具合悪いの?」
私が覗き込むと、香奈子さんはゆっくりと目を開けた。
「大丈夫よ ちょっと疲れてるだけ。ほっといてよ!」
「でも、顔色が凄く悪いよ… 今からでも病院で見てもらった方が…」
「ホント、おせっかいね! あなたみたいな人、イライラする…」
「香奈子さん…」
ちょうどエレベーターが、香奈子さんの部屋の階に止まり、香奈子さんは悠真くんの手を引き降りていった。
「バイバイ 勇斗くん!」
「バイバ~イ」
そう言って勇斗が、悠真くんに手を振り返した時だった。
突然、香奈子さんがバタンと床に倒れ込んだ。
「えっ! 香奈子さん!?」
私は慌てて開閉ボタンを押して、勇斗とエレベーターを降りた。
「香奈子さん 大丈夫!!」
香奈子さんは、目を閉じたまま苦しそうに顔を歪ませていた。
「え~ん ママ~! え~ん ママ~」
そんな香奈子さんを見て、悠真くんも大声で泣き出した。
「香奈子さん、しっかりして! 今、救急車呼ぶからね」
私は香奈子さんに必死で呼びかけながら、震える手で携帯を押したのだった。
…………
「妊娠されていますね。ちょうど2カ月目に入ったところです。母体が衰弱していたせいで、流産しかかっていましたが、このまま入院して、二、三日安静にしていれば大丈夫でしょう。」
医師からそう告げられ、私は言葉を失った。
まさか、香奈子さんが妊娠していたなんて…
でも、私以上に驚いていたのは香奈子さん本人だった。
香奈子さんは点滴を受けながら、泣きながらお腹を擦っていた。
『コンコン』
私は病室のドアをノックし、静かに中へと入った。
「香奈子さん… 大丈夫?」
私がそっと声かけると、香奈子さんはゆっくりと顔を上げた。
顔色もだいぶ戻って、落ち着いたようだ。
「ええ 悠真は…?」
「悠真くんなら、キッズルームで勇斗と仲良く絵本読んでるよ…。あ そうそう、香奈子さんのご両親は、明日の新幹線で来るみたいだから、今夜は悠真くん、うちで預かるね…」
「そう… 何から何まで悪いわね… ありがとう」
私はううんと首を横に振った。
「私ってホント母親失格よね… 自分のことに精一杯で悠真に情けない姿ばかり見せて、おまけにお腹にいるこの子にも気づけないなんて…」
「香奈子さん… そんなことないよ」
「なつさんにも酷いことして…本当にごめんなさい。あの日ね、私、ひとりになるのがすごく辛くって、気づいたら瀬崎くんにすがってた… でも、瀬崎くんが私のこと思い出して冗談にしてくれて… 正直、ホッとしたし、これで良かったと思ったわ。でもね、その後、瀬崎くんに愛されて幸せそうななつさん見てたら、何だか無性に妬ましく思えてきちゃって、そこからはもう、本当に私の八つ当たり… ごめんね なつさん 許してくれる?」
「うん 私こそごめんね… 香奈子さんに辛い思いさせちゃったよね…私 でも、もし、香奈子さんが嫌じゃなければだけど、私はまた、香奈子さんと仲良くしたいと思ってるよ… 香奈子さんの力になりたいって…」
「ありがとう なつさん…」
香奈子さんの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「うん じゃあ、そろそろ、悠真くん連れてくるね…ちょっと待っててね」
ちょっと照れくさくなって、椅子から立ち上がった時だった。
「待って…」
香奈子さんが、私の服を掴んで引き止めた。
「なつさん、ひとつお願い聞いてくれる?」
振り向いた私に、香奈子さんは覚悟を決めたようにそう呟いた。