婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
病院の駐車場に降りると、空はすっかり暗くなり、冷たい風が吹いていた。
「お待たせ! ごめんな、遅くなって… ちょっと道が混んでてさ…」
車で迎えにきた圭司が窓から顔を出した。
「うん 大丈夫… それより、どうする? 圭司も香奈子さんに会ってく?」
「いや… こんな時間だしいいよ、もう元気なんだろ?」
「うーん まあ、元気というか…」
体はの方は、もう心配なさそうだけど…
元気という表現とは、また違うような
なんて、ひとり考えていると…
「とりあえず、車乗りなよ… 勇斗達、ブルブルしてんじゃん。」
圭司は勇斗と悠真くんを見ながらそう言った。
「あっ 本当だね! ごめんごめん…」
結局、車はそのままマンションへと向かうことになった。
ラジオからは夜の8時を告げる音が聞こえてきた。
「飯は食ったの?」
「うん 私達は、さっき売店のお弁当買って食べたんだけど… 圭司はまだだった?」
「あー 俺は帰ってから、適当に済ますからいいよ… それより、あいつのお腹の子のことだけどさ…」
「圭司! 悠真くんいるから、その話は…」
私は慌てて圭司の言葉を止めた。
何となく、圭司の言いたいことの察しがついたから…
けれど、そんな心配は無用だったようで…
「もう、寝てるけど…」
「えっ うそ…」
圭司に言われて後部座席を見ると、勇斗も悠真くんもスヤスヤと寝息を立てながら眠っていた。
「あっ ホントだ… 二人ともバタンキューだね」
「よっぽど今日は疲れたんだろ… 救急車まで乗ったんだから…」
「そっか そうだよね…」
泣きじゃくっていた悠真くんの顔を思いだすと、胸が締め付けられる。
きっと、すごく怖い思いしたよね…
香奈子さんが、大事に至らなくて本当によかった。
「あ、それで、圭司のさっきの話って?」
「ああ… お腹の子が妊娠2カ月ってさ…ちょっとおかしくない? 旦那とはずっとうまくいってなかったんだろ? あいつ、もしかしてさ…」
やっぱり、そう思うよね…
でも、香奈子さんは、旦那さんを裏切ってなどいない。
「ううん、お腹の赤ちゃんは間違いなく旦那さんの子らしいよ…。香奈子さんね、旦那さんから、ちゃんと愛されてたんだって… だけど、2カ月前に突然、旦那さんの秘書から、社長と不倫してるって言われたらしくって… かっとなって悠真くん連れて家を出てきたらしいの… 香奈子さんも始めのうちは、旦那さんが誤解だって言って迎えにくるのを待ってたらしいんだけど… でも、結局、連絡してきたのは代理人の弁護士で… 本人からは何も聞けないまま、どんどん離婚話を進められちゃったらしくて…」
「あー それで、旦那に会いに上海に行ったのか… まあ、会えなかったみたいだけどな…」
「うん… 香奈子さんね、旦那さんに直接会うまでは、意地でも離婚しないつもりだったらしいけど… もう、覚悟決めて前に進むことにしたみたい… 子供達の為にね。だからこれね、明日、弁護士の所に持って行って欲しいって、香奈子さんから頼まれたんだけど…」
私はバックから、香奈子さんのサインが入った離婚届を取り出した。
圭司は離婚届を目にした瞬間、ぎょとした顔で目を見開いた。
「何でそんなもの預かったんだよ… 明日になれば、仙台からあいつの両親だって来るんだろ?」
「ご両親には余計な心労かけたくないんだって… もうお年みたいだし… それに、明日までにサインしなかったら、今、香奈子さん達が住んでるマンションを渡せなくなるって言われてたらしいの… とにかく、向こうは凄く急いでて、代理人でもいいからよこしてくれってことらしくって…」
「そんな複雑な話なら、尚更、なつが関わるような話じゃないだろ… ただ渡して、はい終わりじゃすまないんだし」
「でも、私、香奈子さんと約束したんだもん… 香奈子さんの力になるって… 香奈子さんも私のことを信頼して託してくれたんだし… 圭司はなんでそんな冷たい事言うの?」
「なつを心配してんだよ。あいつとだって、つい最近までうまくいってなかっただろ? あいつの人生に関わるようなことに下手に首突っ込んで、またトラブルにでもなったらどうすんの? やっぱり、明日、あいつの両親に事情話して…」
「ダメ! 香奈子さんを裏切れない!」
私が強くそう言うと、圭司ははあーと大きくため息を漏らした。
「もう分かったよ なつは一度言い出したらきかないもんな… その代わり、向こうの弁護士とは俺が話つけるから、なつは何もしゃべんなくていいよ… 分かった? あいつにも、交渉は全部俺に任せたって言いな…」
「えっ… うん」
運転席から、再び圭司の大きなため息が聞こえた。