婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
カーテンの隙間から、うっすらと朝日が差し込んできた。
もう、朝か…
ぼんやりと、昨夜の出来事を思い返していると、圭司が後ろから抱きしめてきた。
「おはよう なつ」
掠れた声が耳元に響く。
私はクルリと向きを変えて、圭司の胸に顔をつけた。
「うん おはよう… 圭司」
こうして圭司の匂いに包まれていると、すごく落ち着く…
「ちゃんと眠れた?」
圭司が私の顔を覗き込んだ。
「うーん あんまり眠れなかったかな~ やっぱり香奈子さんのご主人のことが気になって… 圭司は?」
「あー 俺もあんま眠れてないかな… 逃げたあいつらのことが気になって…」
「えっ? あっ そう…だよね 逃げちゃったもんね」
圭司の言葉に、一瞬、ドキリとする。
「でも、何であいつら逃げ出せたんだろうな? あんなにキツく縛っておいたのにさ… おかしいと思わない?」
圭司は疑うような目で私を見た。
バレてる…
やっぱり、気づかれてたのか…
「……ごめんなさい。」
もう、素直に謝るしかない。
そう、
実は、昨夜の男達を逃がしたのは私だ。
圭司が悠真くんを探している隙に、男達のロープをほどいてこっそり逃がしたのだ。
「どうして、そんなことしたの? 危ないだろ?」
「だって、圭司が、あの二人を海に沈めるとか恐いこと言い出すから…」
あの時の圭司は、ヤクザの二人が震え上がるほどの剣幕で… 本当にやりかねないと思ったのだ。
「いくら俺でも、そんなヤクザみたいなことホンキでする訳ないだろ? ちゃんと警察呼ぶつもりだったよ…」
「でも、警察なんて呼んだって、逆に圭司が捕まっちゃうじゃない… あんな大怪我させてるんだから…」
「あの状況なら、正当防衛が認められるだろ? あんなのアメリカだったら銃で撃ち殺してたって無罪だよ」
「そうかな… だって、もう一人の男は私に何もしてなかったんだよ… まあ、そりゃ、勝手に人の家には入ってきたけど… 私達だってあの家の住人って訳じゃないし やっぱり、圭司のが不利なんじゃ」
「いや もう一人の方は、スマホで動画撮ってたぞ? まあ、証拠のスマホは俺がぶっ壊しちゃったけど…」
「えっ うそ! あの人、スマホで撮ってたの!?」
「そうだよ。そんな奴ら…海に沈めたくもなるだろ?」
なるね……
二人で沈めちゃえばよかったね
思わず口走りそうになったけど、グッとこらえた。
「は~あ だから、俺は、なつが本宮、いや永岡に関わるの嫌だったんだよ… なつが人のことに首突っ込むと、大抵こんな目に合うんだから… 毎回、これじゃ俺の身が持たないよ…」
そう言って、圭司が盛大にため息をついた時だった…
「ママ~ パパ~」
勇斗のベッドから、悠真くんの声が聞こえてきた。
ハッとして隣のベッドを覗くと、悠真くんがクマ吉を握りしめながら、うわごとのように呟いていた。
「パパ 帰ってきてよ」
「悠真くん…」
昨夜、圭司が見つけた時、悠真くんは自分のベッドに潜り込んで、クマ吉を抱きながら眠っていた。
きっと、知らない男達に驚いて隠れているうちに、そのまま眠ってしまったのだろう。
パパと会えなくなったり、ママが倒れたり、そしてこんな恐い目に合って、悠真くんはどれだけ心細かったことだろう…。
私達の前では見せないけれど、悠真くんの小さな胸は不安で一杯の筈だ。
「ぼやいてる場合じゃないか… こいつに、ちゃんと父親取り戻してやんないとな…」
圭司の言葉に、私は大きく頷いた。
…………
朝の新幹線で、香奈子さんのご両親がやってきた。
香奈子さんの言うとおり、二人ともご高齢で、香奈子さんが心配かけたくないと言っていた気持ちもよく分かる。
悠真くんは私達にニコリと手を振って、おじいちゃんとおばあちゃんの所へとかけていった。
「ぼくも… おじいちゃんとおばあちゃんのとこ行くの?」
玄関で見送っていた勇斗が、私達を見上げながらそう言った。
「うん… 来週のお泊まりをね、今日にしたんだけど…いいかな?」
「ママとパパは、お出かけしゅるの?」
「うん そうなの… ちょっと難しいお話しをしに行くから、勇斗は連れて行けないの ごめんね」
「わかった… ぼく、もうおにーちゃんだから、言うこと聞ける」
得意げな顔で勇斗が言った。
「そうだよな… 勇斗はもうおにーちゃんなんだもんな? 昨日だって、ママを悪い奴から助けたんだもんな~?」
そう言って、圭司が頭を撫でると、勇斗はニコニコしながら頷いた。
実は、昨日、ちゃんとパパを呼びに行けた勇斗に、『勇斗もお兄ちゃんになったね ホントに凄いね』と、私達が誉めたのがよっぽど嬉しかったらしく…
今朝からこんな感じで、物凄くいい子なのだ。
「それじゃ、行くか」
圭司のかけ声に頷いて、私達はマンションを出た。