婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
「あー どうぞ、どうぞ… 実は私もトイレに行きたかったので助かります。少しの間、お願いしてもいいですか?」
北川さんは、もちろんですと頷いて、私から勇斗を受け取った。
柱の陰から、勇斗が泣き出していないことを確認した私は急いでトイレへと駆け込んだ。
そして、用を足して、個室のドアから出ようとした時だった。
数人の女子社員が噂話をしながら、トイレへと入ってきた。
『ねえねえ 聞いた? 経理部の松下くん、昨日、北川さんに告白したらしいよ 勿論フラれたみたいだけど…』
北川さん?
聞き覚えのある名前だけに、私はついつい聞き耳を立てた。
『うそ~ 松下くんもチャレンジャーだね~ あれほど容姿端麗で仕事のできる人が、普通の男に振り向く訳なんてないじゃないね~ 今年に入ってから、もう5人も振られてるんだから…』
『やっぱり、自分より仕事のできる人じゃないとダメなんじゃないの? 北川さんて、五カ国語喋れて、資格だってたくさん持ってるみたいだし… なんせ、あの瀬崎さんに口説き落とされて、今のプロジェクトチームに入ったくらいなんだから。そこまで瀬崎さんに認められたのって、女性では北川さんが初めてなんじゃないかな~ 』
『いいよね~ 何でも出来ちゃう人は~ それで料理まで得意って、世の中不公平だよね』
『あー そう言えば、これ 聞いた話だけど、北川さんって、今のプロジェクトチームの中に、好きな人がいるらしいよ…』
『えー それって、瀬崎さんなんじゃない? 彼女より仕事ができて、外見的にも釣り合う人なんて瀬崎さんくらいでしょ~ まあ 既婚者だけど…』
『うーん 確かに瀬崎さんとなら、例え不倫でも付き合いたいって思うかも… でもさ、瀬崎さんって奥さん一筋なんでしょ? こればかりは、さすがの北川さんでも無理でしょ…』
『いや、それが案外そうでもないかもよ だって、この前、瀬崎さん…』
と…そこで、彼女たちの声が聞こえなくなった。
急いでドアを開けると、すでに彼女達の姿は消えていた。
うわー
ダメだ!
すごーく 気になる!
ただの噂話だって分かってはいるけど、あそこで辞められたら気になって仕方がない…
『案外そうでもない』ってどういうこと?
この前、圭司が一体何?
できることなら、追いかけて行って聞き出したいところだけど…
そんなこと出来ないし…
いや これは聞かなくて良かったのかな…
噂話なんて、大抵、大したことない話に尾ヒレがついて大袈裟にされてるだけなんだから…
そんなの聞いて、嫌な思いするだけバカバカしいよね
だって、今の私達、ちゃんとうまくいってるし…
うん 大丈夫… 気にしない
私は自分に言い聞かせながら、勇斗の元へと向かった。