婚約者はホスト!?⑤~愛しい君へ~
簡易応接スペースに戻ると、仕切り越しに圭司の声が聞こえてきた。
あ 圭司、降りてきてたんだ…
私は仕切りの前で、足を止めた。
やっぱり、あんな話を聞かされた後じゃ、二人の会話が気になってしまう…
「悪かったな 勇斗の面倒まで見させちゃって… 今朝は重たい案件任せちゃったし、忙しかったろ?」
「大丈夫ですよ 頼まれてた仕事なら全部終わってますから… 私が頼んで抱っこさせてもらってるんです。勇斗くん可愛いから…」
「えっ? あの仕事、もう 終わらせたの?」
「はい あと、瀬崎さんのやりかけの仕事もやっておきましたよ。急な打ち合わせが入っちゃって、瀬崎さん困ってるんじゃないかと思ったので…」
「マジで? ほんと気がきくよな 助かったよ ありがとう。やっぱ、北川を選んで正解だったな…」
「いえいえ」
そっか…
北川さんって、本当に仕事のできる人なんだ…
ちゃんと人のことまで考えて動ける人
これじゃ、圭司だって北川さんのことを気に入るわけだ。
「あー こらこら 勇斗! そんなヨダレの手で触っちゃダメだろ… あー ごめんな せっかくの綺麗な髪が台なしだな…」
どうやら、勇斗は口にずっと入れていた指で、北川さんの髪に触れてしまったようだ。
それに関しては、申し訳なく思うけれど…
圭司に『綺麗な髪』と褒められた北川さんに、ちょっと嫉妬してしまう。
私なんて、美容院にも行けていないボサボサの髪をただ後ろに束ねているだけで…
枝毛だって気になってはいるけれど、勇斗と一緒じゃトリートメントする暇だってなく、思わず触れてしまいたくなるような北川さんの綺麗な髪とはほど遠い。
「大丈夫ですよ ヨダレくらい あ でも、この髪、勇斗くんの顔にかかって逆に可愛いそうですね すいません 瀬崎さん このゴムで私の髪を、後ろでゆわって貰えますか? 私 両手使えないので…」
「いいよ 貸して」
あっさりと承諾した圭司が椅子から立ちあがる音がした。
えっ!
それは、やめてよ!
他の女性の髪になんて、圭司に触れて欲しくない!
私は慌てて二人の前に飛び出した。
「すみません 北川さん ありがとうございました! ほら 勇斗 こっちおいで!」
半ば強引に勇斗を抱き上げた私に、一瞬ビックリした様子の北川さんだったけれど、すぐに席を立ってニコリと微笑んだ。
「それでは、私はこれで… 勇斗くん バイバ~イ」
北川さんは少しおどけた感じで手を振ると、私にお辞儀をして去って行った。
そんな北川さんの後ろ姿を見つめながら、圭司がフッと笑っていた。
「あの 圭司…」
私は圭司に横から声をかけた。
「ああ なつ 今日は悪かったね…」
「あ うん この封筒、パソコンのとこに置きっぱなしだったよ 今日の会議に必要だったんでしょ? これ…」
「あー うん まあ…」
何となく、歯切れの悪い返事が返ってきた。
「えっ?」
「あー いや 実はこれさ、必要なくなって、わざと家に置いてったやつなんだよ… なつも、わざわざ来る前に連絡くれればよかったのに…」
「えっ そうなの? でも、圭司、携帯だって家に忘れていっちゃったじゃない だから、直接来るしかないと思って…」
「いや、仕事用の方はちゃんと持ってたから、そっちにかけてくれたら、出たんだけどな…」
「仕事用…」
キョトンとする私を見て、圭司がえっと呟いた。
「俺が仕事用の携帯持つこと、ちゃんとなつにも伝えてあったよな? 緊急の時はこっちにかけてって、番号とアドレスをなつの携帯に送ったじゃん…」
「あ…」
そうだった…
確か、圭司がプロジェクトリーダーになった頃、登録しておいてって言われてたんだ。
けれど、そのままにして、結局、携帯の存在さえも忘れてしまっていた。