ねぇ、運命って信じる?
第1章 side美羽

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ここは郊外の自然豊かな場所にある人気の結婚式場で少し価格は高めだが、他にないオプションや異国の雰囲気漂う建物が話題になり今日もたくさんのカップルがSky more(スカイモア)を訪れている。
”Sky moreは晴れの日も雨の日も空のようにずっと先まで幸せが続いていくように…願いを込めてつけられた。”と入社当時研修で説明を受けた。
私、紺野美羽はこのSky moreに就職して3年目のウエディングプランナーをしている。
都市部から電車で1時間ほどの距離にあり、都会の喧騒からはなれ静かな郊外での式を挙げたい人に特に好評だ。
鮮やかなステンドグラスで彩られた教会はとても幻想的で教会を見学して決めるお客様も多く…他にも既製品のドレスより少し値は張るがドレスのセミオーダーなども請け負っていて、ドレスをその後、引き取ってレンタルとして使用するためなるべく同価格に近づけている…妊婦さんなどはやはり種類が限られるのでセミオーダーする方も多く、以前妊婦さんがセミオーダーしたものが他の妊婦さんに人気だったので同じようなものを式場で複数用意したり、カラードレスにつける小花やリボンを選択できてカラーや大きさも選べ、組み合わせかたによって他の人との違いを出せるように工夫している。ステップファミリーの子供たちのドレス、スーツなども豊富に取り揃えておりスタジオも完備しているので、前撮り写真にも好評をいただいていて、中には写真のみを希望するお客様もいるほどだ。
本社がブライダルエステやネイル、婚活企画など幅広く展開している為、指定の式場で式を挙げると割引サービスなどがあり、婚活パーティーで知り合い、結婚を決めた方もいらっしゃる。お互いが結婚を意識しての出会いなので、スムーズに事が進みこちらとしても助かることが多かったりする。

時にはお客様に無理を言われたり、新郎新婦様が揉めてしまうこともある。そんな時は自分の中で決めたルールを思い出す。”心を込めて笑顔で。”…時々ひきつりそうになることもあるけど、目下努力中だ。
結婚式は女性の方が一生懸命になってしまう場合も多い…それは少なからず結婚式に夢を持っているし、お金だって馬鹿にならない。…だからこそ真剣になるし些細なすれ違いから大事になってしまうことも少ない。
新郎新婦のご両親が挙式費用を出すからとすべてご両親に丸投げしてしまったり、逆にすべてご両親が決めてしまい自分の要望が叶えられない。…中にはステップファミリーや授かり婚など様々なお客様がいらっしゃるので柔軟に対応しなければならない。ある程度の割り切りは必要とはいえ…それでも、お客様には最高の思い出として記憶に残る結婚式を提供したいと思っている。

結婚予定の2人を見ていると…時々すごく羨ましく思っている自分に気付く。いつか自分も誰かに選ばれる日が来るのだろうか?……きっと彼を忘れられない限り無理なんだろうと思う。正直、彼を忘れたくて飲み会や合コンに何度か参加した。…でもその度彼のことを思い出しては気分が沈んだ。そのうち行くの断るようになっていた。
いつか、彼のことを思い出しても”あぁそんなこともあったな。”と懐かしく思える時が来たら、本当の終わりなんだと思う。

出社してすぐにロッカーで制服指定の黒のパンツスーツに着替え指輪をはめた。私にとって指輪は基本的に制服と一緒だ。今では指輪を付けることで仕事モードに切り替わる。いわばスイッチみたいなものになっていた。
朝のミーティングを終え、今日の予定を確認をする。今日はネットでのご予約で竹田様。備考欄に式場の雰囲気やオプションも詳しく知りたい…新郎様は忙しいので1人かもしれないんですが大丈夫でしょうか。など事前アンケートを読み込むうちに予約の時間になっていた。
「うん。今日も一日笑顔で!」
でも…今日ばかりは自分のルールを忘れることになるとはこの時はまだ知らなかった…。

今日もいつもと同じ日常を過ごすと思ってた…たった今まで。式場に足を踏み入れたその人を見るまでは…
だって…彼は、恭護は…所在不明のはずだった… あの時誰に聞いても分からなかったのに。
突然私の目の前に現れるなんて……そんなはずない……それもお客様としてなんて。

彼と腕を組んで式場を訪れたその人は可愛らしくどこか品がある雰囲気だった。
嘘…だよね…。この時間に来場するのは竹田様だもの。…彼のはずのない。きっと似た人だ。…ほら、彼も気付いてない…。
「こちらにご記入願います」
震える手を抑えながら必要事項の書類を差し出した。…よかった声震えなかった。

だけど…書類にスラスラと書き込まれたのはやはり彼の名、”中原恭護”だった…
そして彼の名の隣には”竹田綾乃”と書き込まれていた。…確かに竹田様だった。ご予約の名前は新婦様の名字だったんだ…。
なんで、あなたは今になって現れるの…どうして、何もなかったような顔してるの?
ようやく前に進めると思ってたのに…どうして……
どこか冷静な自分もいて、新郎様忙しいから1人かもしれないって書いてあったけど、予定調整したのかな?彼女のために…竹田綾乃さんて彼より3歳年上なんだ…若く見えるな。可愛らしいし。
突然、彼が私の前に現れたというのに、考えつかない形だったからかな…現実味が湧かなくて、どこか他人事のように感じながら言葉をつまらせていると、その様子を不審に思ったらしい工藤がフォローに来てくれた。

同期入社の工藤諒介はノリもよくイケメンだか少々軽く、志望理由が好きな女優のウエディングドレス姿を見て興味を持ったからだと聞いたときは冗談かと思ったほど。
だが、その後すぐ工藤に違う一面があることを知った。些細なことに気が付きフォローもよくしてくれるいいヤツ。…ただし彼に惚れさえしなければの話だけどね。工藤は1年浪人したらしく歳は1つ上なのに気負いなく話せるのは彼の人柄のおかげだと思う。

工藤が来てくれたおかげで滞りなく話を進めることが出来た。ほとんどが工藤のトークだったが…正直助けられた。
その時、彼が私と工藤の手元をじっと見ていたような気がした。…あくまでそんな気がしたんであって、勘違いだったのかもしれない…少なくともその事を確認できないほどには、動揺していた。

「今日は色々とありがとうございました。また来ますね!」
可愛らしい笑顔で帰っていった2人を見送った後、工藤がいつものように軽口を叩いてきたが正直それどころではない。
「ねぇ、工藤。詩織先輩、恋人と別れてからずっとフリーなの知ってるよね?もうそろそろ2年だよ?…いい加減私とお揃いの指輪やめてさ…詩織先輩とお揃いにすればいいのに。それに好きな人と同じ職場で他の人とお揃いの指輪はめてるのもね…今さらかもしれないけど、どうかと思う…」
詩織先輩とは入社当時美羽の教育係として指導してくれた先輩だ。初めて会った時に大学生ぐらいにも見える童顔でビックリしたら、これでも27歳よって教えられてさらに驚いた。華奢な体なのに重たいものも軽々と運ぶし、仕事では頼りになるし…当時いっぱいいっぱいだった私の相談に色々乗ってくれてすごく助かったことを覚えてる。それから詩織先輩はプランナーとしても人としても尊敬する人になり、目標となった。
ここのところずっと思っていたことだっだ。…最近の詩織先輩だってまんざらではないように見えるんだけど……最初の頃は上手くかわされていたようにみえたけど、今はそうでもないし。もう一押しで上手くいくと思うんだけどな…
「いやいやいや!それはまだ早いでしょ!……そうか……いや…」
まだなにかブツブツ言っていたようだが、もう私の意識は彼と竹田綾乃さんの2人で埋め尽くされていた。
すこし気持ちを落ち着けようと休憩室に戻ると…後輩の佐山ちゃんが追い打ちをかけるかのように教えてくれた。
「さっきのお客様ってあのナカハラグループの御曹司ですよね?雑誌に載っている記事読みました!なんでもナカハラグループの念願だった海外進出を1年で成功させたんですって!スゴイですよね〜!それに噂があるんですよ…いつも財布の中に恋人の写真を入れていて決して誰にも見せてはくれなくて、大切そうにしまっているんですって…ロマンチックですよね。…っていうことはさっきの相手の方の写真が入っているんですかね?…それに、ナカハラグループの御曹司の結婚式なら話題にもなりますし、みんな張り切るでしょうね!」
目を輝かせている佐山ちゃんには悪いが今はそんな気分にはなれない。
「そうなんだ…全然知らなかった。まぁ、上司は確実に喜ぶだろうね。…いつも大規模な式は他の大手に持って行かれちゃうから。」
「そうですか…あっ休憩終わるのでもう行きますね!でも先輩、何かわかったら教えてくださいね!」
美羽はしばらく身じろぎできなかった。それも無理はない…佐山ちゃんに聞いて初めて彼が御曹司だったことを知ったのだから。
「そういえば、勤務先ナカハラグループ本社になっていたっけ…。名前も一緒なのに気付かないなんてバカみたい…。」
少なくとも彼は私と付き合っている間ずっと嘘をついていたんだ…私とは本気じゃなかったのかな…だから突然いなくなったの?綾乃さんもきっとどこかのお嬢様なんだろうな。品があるひとだったし…でもきっともう来ないよね?いくらなんでも昔の恋人の働いている式場で結婚したりしないよね?…御曹司なら式場もよりどりみどりだろうし……万が一そうなっても私は担当から外してほしいな。元彼の結婚式なんて携わりたくない…3年経った今でも忘れられなかった人なのに。

今日の出来事に自分の想像以上にダメージを受けていたのか…その日はいつになくミスを連発してしまい、自分が情けなくなった。

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