樫の木の恋(上)
いち


城を斉藤龍興殿から奪取し二ヶ月、井ノ口の町の長屋にひっそりと住んでいた。
斉藤道三殿が亡くなってからというもの龍興殿が酒食三昧に連日溺れていた。しかしそれでは織田家の猛攻には耐えきれない。
たった16人で城を奪取したのは、龍興殿に心を入れ換えて織田家に対抗してもらいたかったからだ。

しかし龍興殿の怒りを買い、覚悟はしていたが稲葉山城を追い出されたのだった。

自分の想いは通じたのだろうか。
それならばいいのだが。

コン、コン

古い長屋の戸がゆっくり叩かれる。
自分を訪ねてくるような人がいただろうか。
美濃三人衆の誰かの使いかもしれん。

ほんのりとした期待を胸に玄関まで足を運んだ。
ゆっくりと引き戸を開けると、そこには綺麗な男が立っていた。目鼻立ちがはっきりとした男。
女と身間違えそうになるが、格好が位の高い武士の格好だった。

「……どちら様で?」

男は少し嬉しそうに笑みを向け名乗る。

「木下藤吉郎というものじゃ。」

綺麗な笑みに心を奪われて、反応が遅れてしまった。

「…織田家の方がそれがしに何の用で?」

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