樫の木の恋(上)
三千の兵を引き連れ小谷城に攻めこむ。先の姉川の戦いや虎御前山にて大きな痛手を負っていた浅井家は本当にあっさりと天守閣の前まで攻め落ちた。
「長政は!?」
「城の中にございます!」
「早くしろ!早くしなければお市の方様が自害してしまうぞ!お助けしろ!」
秀吉殿の怒号が鳴り響く。皆急いで城へと向かい登っていった。
「浅井家ももう終わり…か。」
長政は迫り来る秀吉の軍を見ながらため息をつく。
「長政様、お供致します。」
秀吉が考えていた通りお市は長政と共に死ぬつもりでいた。お市は長政を愛していたし、嫁いだ以上それが宿命なのだと覚悟もしていた。
「金ヶ崎での戦いの後、お前には肩身の狭い思いをさせてしまったな。」
「気にしてませんよ。」
「あの時朝倉家についてからこうなることは分かっていた。義兄殿の怒りを買う事くらいは分かっていた。しかし長年同盟を結んでいた朝倉家を見捨てることなど、出来なかった。」
「分かっております。」
長政はお市を抱き寄せ口付けを交わす。
「市、お前はまだ若いんだ。これからいくらでもやり直せる。生きろ。」
「何を仰るのです。わたくしは浅井長政の妻。ここで共に死ねるなら本望にございます。」
長政はそんな風に言うお市の頭を撫でながら使用人を呼ぶ。
「市を秀吉殿の元へと連れてってくれ!」
「嫌にございます!わたくしは長政様と共に死ぬのです!」
お市は涙を流し、普段の彼女からは考えられないほど取り乱しながら二人の使用人に無理矢理連れてかれていく。
「長政様!愛しています!」
そう何度も血で溢れかえる道を引っ張られながら叫んでいた。
お市の声が聞こえなくなると長政は嬉しそうに笑い、愛したお市の今後を案じる。
攻めてきたのが秀吉殿でよかった。
彼女は義兄殿の忠実な配下だ。必ずお市を無事に義兄殿の元へと連れてってくれるだろう。
そうして長政は浅井家と共に自らに刃を刺した。