樫の木の恋(上)
勢いよく秀吉殿の部屋を出て、自分の部屋へと向かうため廊下の角を曲がると人にぶつかった。
「っ…悪い。大丈夫…か…。………三成、まだいたのか。」
誰かと思えば三成だった。今はその顔など見たくもないのに。そう思って三成の横を通りすぎようとする。しかし目の前に通さんとばかりに移動する三成。
三成は分かっていてぶつかったのかもしれないと思った。
「殿と喧嘩…したようですね?」
その顔はやはりいつもの苛つく笑顔で、更に頭に血が上る。
「だから…どうした。」
「ふふ、いえ。勝機が見えたかな…と思いまして。」
「貴様…!」
思わず胸ぐらに掴み掛かる。しかし三成は余裕そうな顔をするばかり。
更に胸ぐらを絞り上げようとしたその時、後ろから怒鳴る声が聞こえた。
「離さんか半兵衛!大きな声が聞こえたと思い来てみればこの有り様とは。」
「秀吉殿…。」
「早く離せ。」
秀吉殿の殺気がぬるりと全身を生暖かく包み込む。こんな殺気を向けられるようでは、本当に嫌われてしまったな。そう思った。
ゆっくりと手を離すと秀吉殿は三成へと駆け寄る。
「三成、大丈夫か。」
「ええ、それがしは平気ですよ。」
その光景を見ていたら、もう自分の居場所がないのだなと思わされた。
「半兵衛、私の配下に手をあげようとするなど血迷ったか。」
睨み付けられて少しでも動いたら殺されてしまうんじゃないかという感覚に陥る。秀吉殿は本気で怒らせたら大殿に勝るとも劣らず怖い。
それが今自分に向けられていることに悲しみを覚えた。
「殿、それがしは大丈夫ですよ。あまり竹中殿を責めないで下さい。」
「すまんな、三成。」
「秀吉殿…!それがしは!」
「……うるさい。半兵衛、少し頭を冷やせ。」
そう言ってひと睨みしてから秀吉殿は三成を自分の部屋へと連れていった。また三成と二人きりになってしまう。
しかし今の自分にはそれを止められる術など無かった。
ただ秀吉殿の背中を見つめるしか出来なかった。