樫の木の恋(上)
秀吉は何も言えず目を伏せ黙っていた。そんな秀吉の頬に当てていた右手で、優しく撫でる。
「それがしは殿を裏切ったりなど…しません。」
「…。」
「それがしの事を好きでなくとも構いませぬ。そばに…いたいのです。」
固まったままの秀吉を見て三成はため息を一つつく。
秀吉は三成の言葉があまり頭に入っていなかった。もやが掛かったような頭の中に秀吉はどっぷりと浸かっている。
「殿…」
「ん…!」
三成は固まっていた秀吉に口付けをする。さすがにもやに浸かっていた秀吉も顔をはたかれたかのように目を覚ました。
「三成…!何を!」
「すみませぬ。…しかし見ていられなくて。」
「は?」
「竹中殿の事でそのようにお心を痛められる殿を見ていられず…。」
真っ直ぐに見つめてくる三成に、秀吉の心は揺れていた。半兵衛が好きなことには変わりないし、半兵衛の事を信じたい気持ちは勿論あった。
しかし、それ以上に不安が己を覆う。
その不安が秀吉の足元を歪め、分からなくさせていた。
そして拠り所を欲していた。
そして三成は拠り所でも良いという。秀吉はそれが甘えだと分かってはいたが、半兵衛の裏切りという悲しみにもう既に耐えきれないでいた。