樫の木の恋(上)
この時気にならなければ良かった。
思わず足が大殿のいるであろう部屋に向いてしまっていた。
先程までいたたくさんの人々が人払いされているのか誰一人いない。
この時点で止めておこうという気持ちと好奇心が対抗したが、好奇心が勝り音を立てずに部屋の壁に耳をつけた。
「半兵衛は藤吉の所に住んでいるのか?」
「あぁ、はい。近くの屋敷に空きがありませんでしたので、しばらくの間はそれがしの家に住んでもらうことにしました。」
昨日や先程までと違い、少し気さくに大殿と話している木下殿。なんだただの世間話といったところか。人払いまでして何の話かと思ったのに。
「ほう。なんだか…妬けるな。」
部屋から離れようとしていた自分の耳に大殿の驚くような言葉が聞こえてきた。
「ちょっ大殿…!だ、誰か来るやも…」
「気にするな。人払いしてある。」
「んっ!」
確実に口付けをしているような音がする。木下殿の小さいが艶やかな声が聞こえてきていた。
進んでいた足が思わず止まって二人の声を聞いてしまう。