樫の木の恋(上)
「…何の用だ?」
「おや?もしや木下秀吉殿ですかな?」
「ふんっ、そうだが何か?」
松永殿に木下殿は苛立ちをわざと表に出している。目はどこまでも冷静なのが分かり、自分も大殿も止めはしなかった。
「やはり!いやなに、風の噂で織田家には木下秀吉という色男がいると聞いたもので。確かに噂に違わぬいい男ですな。」
「だから何じゃ。」
「さぞや女中にちやほやされておりますでしょう?羨ましい限りですなぁ。」
「なんだ僻みか?妬み嫉みを言いにわざわざ来たのか?松永殿は余程お暇なのか、寂しがり屋なのですかな?」
木下殿の小馬鹿にしたような笑いは様になっていて、色男と呼ばれても納得出来てしまう。
あのように綺麗に小馬鹿にされては、怒らない方がおかしい。
余裕を貫いているが、案の定松永殿の眉が少し動いている。
「いやはや木下殿に嫌われてしまってますなぁ。やはりあれでしょう?将軍暗殺を裏で手を回したっていう噂のせいでしょう?」
「ああ、そんなこともあったのぉ。」
「将軍暗殺も“そんなこと”とは。秀吉殿はなかなかに冷徹なお方なようだ。」
「わしは優しいぞ。」
「話していてそうは思えませんがね。……それにしても、もし噂が本当だとしたら?」
見に来ていた全員が息を飲む。やはりそこは気になるところである。義昭殿を擁立した織田家にとって、前の将軍義輝殿の暗殺に手を回したものは敵になるのだ。
だからこそ皆気になり、緊張した面持ちで息を飲む。
しかしその緊張した中で、その松永殿の発言を意に介さないといった面持ちで佇む人が二人いた。
木下殿と大殿だ。
大殿はさすがというべきか眉一つ動かない。肘を置き、まるでどうでもいい雑談でも聞いているかのような顔をしている。
木下殿は相変わらず小馬鹿にしたような顔をしていて、あまりの反応の無さに松永殿が少し驚いているほど。
「本当だろうが嘘だろうが、松永殿が織田家に牙を剥けば潰すだけじゃ。別にどうでもいい。」
「いやぁ本当に木下殿は格好良い。そのように冷徹を貫かれると男でも惚れてしまいそうになりまする。」
「あまり気持ちの悪いことを言うな。わしはそういう趣味は無いのでな。他を当たってくれ。それと早く用を言え。」