樫の木の恋(上)



木下殿は悪意のこもった笑顔を止め、真顔で語りかけてきた。

「龍興殿を貶すようで申し訳ないのだが、そなたのような頭も切れて、義理堅い男が仕えるような当主には思えん。」

自分の上に乗っかり、見下ろしている木下殿の顔はやはり真剣で少しも目をそらさない。
その時ふと、木下殿から柔らかな落ち着く香りがしてくる。
その香りが拒絶していた自分を徐々に打ち解けさせてくる。

「それがしは農民の出でな。今川家から出て、織田家に小者として仕えていたそれがしを大殿は武士として取り立ててくれたのだ。」

普通の男よりも小さな口から語られる言葉はどこか嬉々としていて、思わず魅いってしまうほど。

「信長殿は大うつけと馬鹿にされておるが、大うつけに今川家が討てるだろうか?ここまで勢力を大きく出来るだろうか?」

木下殿は信長殿の事が本当に好きなのだろう。
自分のことを義理堅いと言ってくれたが、充分木下殿も義理堅く忠義の心に溢れている。
そんな木下殿に引かれ始めていた。

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