樫の木の恋(上)
「秀吉様ぁ。お酒お入れいたしますね?」
甘ったるい声で木下殿にべたべたしながら女中が酒を注いでいる。女子のあの気になる人にたいしての甘ったるい声が嫌いだった。
木下殿は一生しなさそうだが。
「おお、すまんな。」
そんな女中に笑顔を顔に張り付け、優しく受け答えする木下殿。恐らく女中が己に気がある事に気づいているのだろう。
しかしいつも上手くかわしている。
今日は上洛を祝い、皆で酒を交わしていた。
無礼講と言った大殿は珍しくにこやかに部屋を見渡している。
「秀吉様はご結婚はされないのですか?」
女中が色気を見せながらそう問う。
すると木下殿と仲の良い前田殿が割って入ってきた。
「そうだぞ秀吉。そろそろ結婚をしろ!」
顔を少し酒で赤らめながら前田殿は上機嫌に結婚を進めようとしている。しかし乗り気でない木下殿に前田殿はしびれを切らしていた。
「それがしはまだ妻を持つには早いですよ。」
「そんなことあるか!俺は秀吉の歳にはもう結婚しておったぞ?それともなんだ。秀吉は男が好きなのか?」
前田殿は木下殿が女だということを知らない。旧知の仲だというのに木下殿は言っていないのだ。
「あははっそんなわけないでしょう。それがしも女子が大好きですよ。」
「ならば、この子なんぞ良かろう?美人じゃし色気もある。」
「まぁ前田様ったら…。」
隣の女中は頬を赤らめながら、照れながら木下殿を見ている。この女子は己をどうしたら可愛く見せられるかが分かっているんだな。
木下殿には無いものだ。
「いやぁこのような美人。それがしでは釣り合いませぬよ。」
「そんなことないわ。秀吉は織田家でも指折りの色男じゃからなぁ。そなたも秀吉は格好いいと思うじゃろ?」
前田殿の問いかけに女中は照れながら少し木下殿に手を当て答える。
「ええ…。秀吉様の格好良さは皆噂しておりますもの。」
「ふふっ嬉しい事じゃな。しかしそれがしは農民の出。やはり勿体のぉございます。」
「秀吉は堅いなぁ。」
前田殿は少し残念そうに木下殿を見る。この人は微塵も考えていないのだろうな。木下殿が女だということを。