樫の木の恋(上)
よん
「なぁ忠犬?最近秀吉冷たくないか?」
城での会議のあと明智殿が声をかけてくる。木下殿は最近大殿の元へと行くことが多くなり、一人で帰ることが多かった。
しかし一緒に帰ったところで木下殿は前より壁を感じるようになった。
「忠犬ではありませぬ。…明智殿には前々から冷たかったはずですよ。あのような条件、冷たく扱わない訳がありません。」
一日一度口付けをするという約束はいまだに続いていた。そんなの受け入れ難く、出来れば止めさせたい。だがそんな術もなくて、結局毎日木下殿は口付けを交わしている。
「秀吉の忠犬ではないか。うーむ…。前は嫌がってはいたが、もう少し可愛げがあったんだがなぁ。嫌味を言っていたりと。しかし最近は顔色一つ変えずに嫌味も言わず作業のように口付けをして行ってしまうんじゃ。」
「嫌われている事には変わりありませんな。」
最近笑顔を向けてくれる回数が減った。毎日会うのにも関わらず木下殿の目は冷たく、近くにいるのに話しかけづらい程だった。
「あの飲みの席の後、大殿に何か言われたのだろうな。」
「……やはり大殿。」
あの日、木下殿は帰ってこなかった。大殿の所に朝までいたのだろう。翌日早朝に帰ってきた。
朝の鍛練をした後くらいに玄関が開き、疲れた顔をした木下殿がいた。髪も無造作に纏められただけで、それが逆に色っぽいほどだった。
「木下殿、大丈夫ですか?」
「あぁ。朝まで大殿に床で苛められておったせいで眠い…。」
そう言ってすぐに自分の部屋の方に歩いていった。
今まで木下殿は大殿との男女の関係を示すような事は言葉にしないでいた。
それなのに直接でないにしても、連想させるような事をさらっと口にしたのが気になった。
今までは木下殿は自分に配慮し、なるべく連想してしまうような言葉は使わなかった。
しかし疲れているのだと、そうその時は思うことにした。
だがやはり、あの時から木下殿の様子がおかしい。