樫の木の恋(上)
ガラガラ!!
半分だけ開いていた引き戸が勢ちよく開かれる。
開いた本人は男二人が倒れこんでいる状況を見て首を傾げた。
「あ?何してんだ?」
確実に話をしにきた訳ではなさそうな男を見て危険を察知し、勢いよく自分の上から離れた木下殿は自分を片手で立たせ引き戸を開いた主を鋭い目差しで見ていた。
「とある人からの依頼でな。あんたに恨みはないが切り捨てても構わないと言われてるんだ。」
そう言うと窓や部屋の奥から総勢5人もの男達が入ってきた。明らかに木下殿ではなく、自分に向けられた刃。
こんなことを頼むなど、自分が知っているなかでは斉藤龍興殿しかいない…。
龍興殿には通じなかったのか。
それがしの思いは、強き斉藤家の再建は叶わなかったのか。
「……竹中殿。逃げてはくださらぬか?ここはそれがしが相手をしよう。」
この窮地の中、木下殿が突拍子もないことを言い出した。
「何故?」
「大殿に竹中殿を無事お連れしろと言われておってな。まぁ本心を言うと、こんなに竹中殿は龍興殿に忠義を尽くしておるというのに、このような仕打ちをすることに怒っている。」
木下殿の整った顔立ちが、涼やかに見えながらも静かに怒っているのが見てとれた。
今日初めて会ったのにも関わらず、このように怒ってくれる木下殿に仕えるなら、織田家に入るのもいいかもしれぬな。
「ふふ。木下殿はお優しい。ここで私を逃がしたら織田家に入る話お受けいたしません。二人で無事に切り抜けられたならお受けいたしましょう。」
「なっ!…仕方ない。二人で切り抜けるとするか。」
そう言って、5人の男に向かっていった木下殿。
舞うように峰打ちで倒していく木下殿の女に見えていた顔は、今は端正な男に見えていた。