樫の木の恋(上)


「秀吉殿、わしの隊も行こう。」

不意に口を挟んだのは徳川殿だった。木下殿が今川家に小者として仕えていたとき、何かと目をかけてくれたのが今川家臣だった徳川殿と聞いた。

「徳川殿には援軍として来ていただいたというのに、そのような危険な事をさせられません。」

「そんなこと言ってる場合ではあるまい。此度の殿(しんがり)は一つの隊で何とか出来るものではない。秀吉、死ぬ気か?」

険しい顔をしている徳川殿だが、木下殿を案じているのが分かる。そんなとき、ある人が申し出てきた。

「では、それがしが秀吉と殿をつとめます。」

「明智殿!此度は危険が伴いまする。明智殿のような優秀な」

「余と秀吉の仲ではないか。それに一つの隊で行くより、二つの隊で行った方が皆を無事帰せる可能性が上がるじゃろう?此度は失敗は許されんからな。」

「……では、頼みます。」

渋々というのが顔に出ている木下殿に、口角を上げ不敵に笑う明智殿。

「よし!では徳川殿は我々と急いで金ヶ崎城を落としましょうぞ。秀吉、光秀…死ぬなよ。」

「ははっ!」

そうして皆一斉に自分の隊へと戻っていった。皆殺気だっていて、この状況が非常にまずいことが思い知らされる。

「半兵衛…危険なことに付き合わせて悪い。」

「いえ。木下殿にお供するのがそれがしの役目ですから。」

「……すまんな。」

少し前のように笑ってくれた木下殿に思わず胸が焦がれる。必ず、木下殿だけは無事に帰らせねば。
そう心に決めたのだった。


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