樫の木の恋(上)
血が足りないのだろう。ふらふらする木下殿を明智殿と共に城の医務室へと連れていこうとする。
「半兵衛。医務室には行かん。」
「は?」
息が荒い木下殿が驚くような事を言い出す。
「当たり前じゃろ。わしが行けば女だと知られてしまうではないか。」
それは…そうだが。しかし手当てしないのも無理な話だ。こんな大怪我手当てしなければ、悪いものでも入ってきかねない。
「確かに…。だが秀吉。治療しないというのは…」
「大丈夫です。家に包帯も薬もあります。」
「しかし家までその体では歩けないではないですか!」
「歩ける。別にたいした事はない。」
そう意地を張る木下殿に堪忍袋の緒が切れた。
ふらふらとする木下殿の背中と足に手をかけ体を持ち上げる。思ったよりも軽い体はふわりと持ち上がり、抵抗するほどの力がない木下殿はすんなりと持ち上がった。
「は、半兵衛!何をする!」
「木下殿…医務室に行かないというのなら、せめて大人しくそれがしに運ばれて下され。」
「そうだぞ秀吉。このまま歩けば途中で倒れることなど目に見えておる。今は運ばれておけ。」
賛同してくれる明智殿は、心配そうな声音とは裏腹に少しにやにやしていた。
「明智殿まで…。むぅ仕方あるまい…。半兵衛…頼むぞ。」
「お安いごようです。そもそもそれがしのせいで怪我をしたのですから、このくらい何ともありません。」
少し恥ずかしそうにしている木下殿。
もう日が暮れていて良かった。
この可愛い顔が他の男などに見られ無くて済むのだから。