樫の木の恋(上)
顔を赤らめたまま下を向き、息を整える木下殿。少し苛めすぎただろうか。
「いつから…気づいた?」
少し雰囲気と口調が変わった。これが普段の木下殿なのだろう。
「最初に倒れたときから怪しいと思っていました。時々女の顔をするので。」
木下殿は大きく息を吸い深くため息を付くと、自分の方に向きなおり頭を下げてきた。
「頼む!この事は大殿と竹中殿しか知らない。他に知られたら一大事じゃ。内密にしてはくれぬか…?」
少し目元を潤ませ、下から覗き込むように見てくる木下殿。
端正な顔立ちは女の顔で、今すぐ抱き締めてしまいたい衝動に駆られる。
「別に構いませんが。」
そう言うと木下殿は肩を落とし、安心した顔になった。
「しかし何故なんです?女の身で何故武士なんかに?」
落ち着いた木下殿は諦めたかのように話を始めた。少し憂いを帯びたその顔は恐怖と怒りが見てとれる。
「私は生まれは農民と言ったろう?農民で生まれてからというもの畑を耕して針を売ったりしていたんだ。」
言葉をつむぐべきか悩んでいるようだったが、じっと見る視線に耐えられず続きを話始めた。
「義父のもとで育てられたんだが…なんだ…その…まぁ暴力を奮われてな。女は平伏していればいいんだとか、貶されてばかりの日々だった。」
一つ深く息をついた木下殿は嫌なものでも見たかのように顔をしかめた。
「女に生まれただけで…。男の供物かのようにされるのが嫌だった。こんな世の中間違ってる。だから、偉くなりたかった。変えられるくらいに。」
嫌な顔をしていたのに、信長殿の事を考えたのだろうか顔が一気に明るくなる。
「大殿は、そんな私を女だからと言って無下にしなかった。生意気だと…言わなかった。人々に自分を認めさせてから女だと言えば反発も出来なかろう…と。そうなれるまでは男としてのしあがれ…と。」
笑みを見せながら信長殿の事を想うその顔は尊敬の想いに満ちていた。
「今はまだその時ではない。まだまだ自分はのしあがらなければならない。…なんてな。笑われてしまうな。」
自嘲気味に笑う木下殿。綺麗なその顔は決意に満ち溢れていて、守ってあげたくなると言ったら怒られてしまうかな。