樫の木の恋(上)
清洲城につき、織田信長殿に面会していた。
豪快というか、厳しい人ではあるのだろうが付いていきたくなるお人だということが分かった。
やはり龍興殿とは違う。
それと、木下殿は信長殿の前ではあの冷たい目をしなかった。女だと知っている二人の前だからなのだろう。
「大殿…。織田家に入るにあたってお願いがあるのですが…。」
「なんだ?何なりと申せ。」
「それがしを木下殿の配下にしてもらえませんでしょうか?」
「竹中殿?」
驚いた木下殿は女の顔になってしまっている。本当に驚いたんだろう。
それに相対して信長殿はぎらりと厳しい顔になっている。思わず足がすくんでしまうほどの威圧感だった。
「ほう…。わしの直臣より、藤吉の配下がいいと申すのか。」
「ええ。斉藤家から出奔し、織田家へ出仕すると決意させたのは木下殿のおかげ…。木下殿の人柄に惚れたのです。どうかお聞き入れ下され。」
大殿へ頭を下げると木下殿が割り込んでくる。
「しかし、竹中殿?私は…」
思わず木下殿が『私』と言ってしまっている。女だと知っている二人しかいないから気が抜けてしまっていたのだろう。
「む?藤吉!半兵衛にあの事を話したのか?」
睨み付けるように木下殿を見る大殿。顔に焦りが見えた木下殿だったが観念したかのように大殿へと向き直る。
やはり『私』と言ったのがまずかったのだろう。
「は、はい。竹中殿は鋭いうえに、何故か心が許せてしまうのかいつものように振る舞えず…。」
大殿は木下殿の言葉を聞いてしばらく悩んでいたが、答えが出たのか目を開き告げた。
「分かっていながらも藤吉に付きたいと申すか。いいだろう。そちの願い聞き入れよう。」
「ありがとうございます。」
木下殿はあまり納得していないようだが、嫌がっているようには見えなかった。
「竹中殿…よろしく頼むな。」
そう言って手を差し出してきた木下殿ははにかむように頭をかいていた。