彼女は世界滅亡を描く。
俺、買い物行ってくるけど、ウリワリ欲しいものとかある?」
彼の声で、私は現実に引き戻された。今日は雪も降らないみたい、と彼が言う通り、窓の外は晴天だ。
「…いえ、特に。」
「そ?じゃぁ、昼過ぎには戻ってくるから。なにかあったら大家さんに言って。」
「はい。いってらっしゃい。」
彼を見送って、私はもう一度横になった。寝すぎたせいでもうこれ以上眠ることは出来ないが、特にすることもないので仕方ない。
学校もなくなったし、友達もいない。
携帯はもってのほかで、インターネット回線が繋がっているのは彼の持ってきたパソコンのみだ。もちろん、それすらこの環境で使えるかどうか怪しいところではあるが。
相変わらず地球の周りを飛ぶ過去の遺物が未だに電波を送受信しているらしいが、この街でそれらをキャッチするようなアンテナも電波塔らしきものも、まだ目にしたことがない。この街に入る直前の超高道路から電波塔が見えなかったので、ないと確定しても良いのかもしれないな、と私は窓の外を眺めた。
「イギーポップ、退屈は人を殺すって本当みたい。」
トントンと頬杖をついて、私はまだ荷ほどきのすんでいないダンボールを足で引っ掛けた。長座体前屈は得意だ。足元のダンボールを両手で掴む。中には彼の服や写真、小さな音楽プレイヤーなどが入っていた。
「…あった。」
街を出る直前にコンビニで買ってもらったスケッチブックを私は手に取る。
中には日記帳代わりに、景色や人の絵が描かれていて、それは既に私の記憶の中にしかないものもあれば、目の前で起きた現実もあった。
スケッチブックの三分の一がすでに彩られていて、たった一ヶ月前のことがもう随分前のことのようにも思える。
海に沈んだあの日から、これが私の退屈をしのぐ唯一の方法だ。
生まれつきの体質なせいか、紙さえあれば絵を描く道具にも困らないし、絵を描くのは好きだった。幸い私の記憶も心に留めておくには重すぎたので、外へ出すことでなんとかバランスを保っているような気がする。可視化され現実味を帯びるそれが、私の心に傷をつけることもあるが、そうでもしなければ生きている感覚さえなくなってしまいそうだった。
窓の外を眺めて、白く続く景色に一つため息が出る。新しい家、この部屋の中を描く方がよっぽどかましか、と私はスケッチブックに手を滑らせた。目に見えている色が指先から溢れて緩やかに線を描き、紙の上に少しずつ部屋を再現していく。木造の扉、無造作に置かれた机、ダンボール、流し台、ガスコンロのティーポット…。色を重ねるように何度も指で紙をなぞり、実物とスケッチブックを見比べて、再び指を動かす。
何分ほどそうしていたのかわからない。足の痺れに体を伸ばすと、トントンと窓が叩かれる音が聞こえた。振り向くと青年がにこりと笑う。
鼻を真っ赤にしているところを見るとしばらく外にいたのだろう。
スケッチブックを置いて慌てて窓を開けると冷たい風が頬を撫でた。
「…いつからいたの?」
「んー、15分くらい前からかな?」
「こんなに寒いのに…?」
「でも、すげーって思って見てたら、気にならなかったから!」
ぱっと笑う青年の周りだけ、空気が暖かいみたい。
「…言ってくれれば良かったのに……。」
「邪魔したら悪いかなー、と思って。それに、俺のこと、あんまりよく思ってなさそうだし。ウリワリさん。」
違う?と明け透けにそう言って、青年が私を見るので、私は視線を逸らした。
「…ごめんなさい。」
「俺の、へらへら笑うところが嫌でしょうがないって感じ。」
「…どうしてわかるの?!」
心を読まれたのかと思った。私がぱっと顔を上げると、青年は正直だなー、と再び笑った。
「テレパシーってやつ?」
格好をつけるようにポーズを決めた青年に、私が冷ややかな視線を送ると、青年は一つくしゃみをした。
「…窓、開けてるの寒いから……。中、入れば?」
どうしてか、私は青年のことが気になってしまって、その感情は苦手意識を上回った。
きっと心を読まれてしまったから。
苦手なはずの笑顔に心を絆されてしまって。
私がそう言って窓を閉めると、青年はだっと走り出して、数分もしないうちに部屋を訪れた。
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