彼女は世界滅亡を描く。
「ウリワリさん、ほんと絵上手いなー。」
私の手元に落ちたスケッチブックを拾い上げてそういうと、青年は私の隣に腰掛けた。パラパラとページを捲って暫くすると愛おしそうにスケッチブックを撫でる。
「…外で何してたの?」
視線も合わさずに私が小さく尋ねると、青年はうーん、と一つ唸った。
「雪かきして、雪だるま作って……暇してた!!」
青年は本当によく笑う。
「退屈と無関心は人を殺すよ。」
青年の言葉に私が顔を上げると、にっと笑う青年と視線がぶつかる。
「知ってる?」
「うん…。初めて、知ってる人に会った……。」
「俺も!」
「ちょっと、意外…。」
「まぁ、することないしね。俺、ウリワリさんにあって、退屈も無関心もなくなりそう。」
どうしてこんなに眩しいのだろう。
その眩しさに心底嫌気がさすし、傷をえぐられさえする。
それでも今は、たった一つ。
たった一つの言葉で、私は青年が気になっている。
私の心の中でそれはとても危ういバランスで保たれていて、これ以上踏み入ってはいけないというラインがもう目の前にある。
「あ、そうだ。ウリワリさんってどんな字?俺、ずっと気になってたんだー。珍しい名字でしょ。」
そんなことを知ってどうするのだろうと思ったけれど、私はスケッチブックのページを一枚ちぎって、名前を書いた。
「六月一日…チカ……。」
文字を指でなぞって、青年は笑う。
「すげー!」
「…別に、凄くない。」
「俺の名前のツユリも五月七日って書けるらしいし、おそろいだね。」
ぱっと笑った青年のその顔が、私の心にはひどく突き刺さる。
あぁ、そうだ。
私はもう幸せな青年とは違う。
青年が一瞬でも気になったなんて、馬鹿みたいだ。
バランスはいとも容易く崩れ落ちていく。私の中を満たしていた先程までの期待感はぱちんと弾けた。
「…もういい。」
「え?」
「その、仲良しごっこみたいなの、いらないから!」
出てってよ、と顔を背けると、困ったような声が聞こえた。
「仲良しごっこのつもりなんてないよ、ほんとに仲良くしたいんだ。」
顔を上げた先にいた青年はひどく傷付いた顔をして、それでもなお笑った。
「ウリワリさん、泣きそうな顔してる。傷付いたのはこっちなのに!」
あっけらかんと何もなかったかのようにそう言って笑ってみせると、青年は少しだけ距離を置いて座り直した。
「俺のへらへらした感じが嫌いなのは、街が沈んじゃったから?」
「…関係ない。」
「自分だけ助かったから…。自分だけ幸せになるなんて、許されないと思ってる。俺みたいにへらへら幸せそうなやつは嫌だ。」
見透かされたみたいだ。
本当に心に留めていたことを青年にピタリと言い当てられて、私はばっと顔を上げた。
「なんなのさっきから…。」
「ずかずか土足で他人の心に踏み込んで…かな?」
「…っ!」
私が青年を睨みつけると、青年は困ったような顔をする。
「ごめん、ただ、ウリワリさんに笑ってほしいだけ。失ったものの穴は絶対に埋まらないけど、だからってこれからを悲観的になる必要もないって思うから。」
「…余計なお世話。押し付けないでよ。そんな、幸せな人が描く理想なんて聞きたくない。」
「……俺が幸せな人なら、ウリワリさんは世界一幸せかもね。」
自虐的な笑みに冷たい言葉。怒っているのだと気付くのに時間はかからなかった。
私はきゅ、と膝を抱えて青年と視線を合わさぬように畳の目を黙視する。
「自分を不幸のヒロインに仕立て上げて、世界から目を背けて、世界が変わるならそれでいい。でも、ウリワリさんが為すべきことはきっとそうじゃないよ。生き残った人には、生き残っただけの役割がある。」
そんなのはただの理想だ。
現実を目の前にしてこの運命と戦うなんて出来るはずがない。
心の中で悪態をついても、彼がテレパシーを本当に使っていたとしたら丸聞こえだ、と私は苦虫を噛み潰したようにぐっと口を結んだ。
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