彼女は世界滅亡を描く。
「過去はもはや関係なく、未来はまだ来ぬ。」
「…それはセネカね。」
私が顔を上げると青年はにこりと微笑んで言葉を続けた。
「街が海に沈んだのはウリワリさんのせいじゃないし、ウリワリさんだけが助かって、そのことを喜びこそすれ恨む人はいないと思うよ。」
「だから、君が悲しみを背負う必要はないんだ。笑っていいんだよ。」
私が言葉を遮って続けると、青年はそうだよ、と呟いた。
「それは穂積さんの言葉だね。」
「…先生に聞いたのね?」
「うん。朝ごはんの時にね。」
「最低。」
「ごめん。」
「…でも、私も最低。あなたのこと、何も知らないで……ごめんなさい。」
「みんな、最初はお互いのことなんて、何も知らないよ。」
私とのやりとりを、人を変え、場所を変え、青年は何度もしてきたのかもしれない。もう慣れた、という風に一つあくびをしてゆっくりと伸びをした。
「…どうしてあなたは、何度も辛い思いをしたのに、私と仲良くなりたいなんて言うの?」
「失ったらもっと悲しいのに、ってこと?」
「…うん。」
どうしてそんなに幸せそうに生きているの。
「失う悲しみを忘れたら、毎日を生きていけないし…何より、出会う楽しみを知っちゃったから、かな。」
「死んでもいいって思わないの?」
「思わないよ!だって、生きてるから。俺が生きていけるように守ってくれた人や、亡くなった人がいるのに。ウリワリさんだって、そうでしょ?」
穂積先生が生きろと言ったんでしょ、と青年の目がそう語っている。育ててくれた両親が私の部屋を二階にしたのはいつ津波がきても助かる確率が高いからでしょ、と青年の語り口調が言う。
私は生かされていて、その命を粗末にすることは大罪だ、と青年はそう私に伝えているのだった。
「…ごめんなさい。」
「最善の生き方は、一回に1日ずつ生きること。」
にこりと微笑む青年がそういった。
「…それは誰の言葉?」
「チャールズ・シュルツ。知らない?ピーナッツ描いてる人。」
「初めて聞いた。」
「うそ?!スヌーピーだよ!」
「うそっ?!」
私の顔が間抜けだったんだと思う。青年があまりに笑うから、私は別にいいでしょ!と青年から顔を背けた。
「…いつかは大きくなって、誰の助けも借りずに人生と対決しなければならなくなるのよ。」
「それもスヌーピー?」
「そ。」
「スヌーピーって、ただの犬じゃなかったんだ…。」
私の言葉に、青年は再び笑った。
「ウリワリさんが生きててくれてよかった。」
眩しい青年の、眩しい言葉。
お互いのことなんて全然知らない。
それでも私はきっと、青年のこの言葉に生かされていくんだ。
「…苦しい。」
生きていくって、こんなに苦しい。
私がポロポロと涙をこぼすと、青年は何も言わずに、ただ私のそばにいた。
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