彼女は世界滅亡を描く。
「…良いところに、良い人でしょ?」
家へ戻って開口一番、マキくんはそう言った。なんとも晴れない気持ちで、私は顔をしかめる。
「…まだ、分からないの。突然、あんな話をされて。」
「まぁ、また行けばいいよ。ウリワリさんなら、少しずつ分かってくると思うし!」
「知りたくなかったような気もする…。」
知恵熱か、気圧差か、ズキズキと痛む頭をおさえて、私はそろりとスケッチブックに手を伸ばした。
私の指が記憶の中の通信基地を描く。
いつになったって忘れないだろう、という日が、日に日に増えていく。
心に刻みつけたそれを重たい荷物のように抱えて、その内動けなくなってしまうんじゃないかと思う。
「相変わらず上手いなー!」
「…ねぇ。」
「ん?」
「将来を描くために、今から逃げることって、そんなに大義だと思う?」
「…カミュの言ってた話?」
顔を上げると、優しく微笑むマキくんと目があった。
「決めるのは自分自身だよ。」
「…そう、だけど……。」
はぐらかすような返事が気に入らなくて、私がむっと顔をしかめると、マキくんは笑った。
「シェークスピアは、過去と未来は最高に良く思え現在の事柄は最高に悪い、と言ったし、ジュペールは、相談するときには過去を、享楽するときには現在を、何かするときには未来を思うがよい、と言った。ウリワリさんは?ウリワリさんはどう思う?」
「…未来のことは分からない。しかし、我々には過去が希望を与えてくれるはずである。」
「チャーチルだね、俺も好き。」
「将来を描くために、過去や今から逃げずに思うことが、私にできる最善なのかもしれない。」
止めていた指を再びゆっくりとスケッチブックへ滑らせると、柔らかな灰が染み込んだ。
「…今度また…あの通信基地へ行ってくる。こんなに知らないことがたくさんあったの。悔しいけど…街が沈まなかったら、きっと、今頃何も知らないでただ今を憂いてるだけだった…。」
涙が出てきそうだ。ぐっと歯を食いしばって、涙を堪えると、青年はいつもみたいに眩しく笑った。
「そうやって…俺たちは生きていくんだ。……生きていかなくちゃ。」
「…強いね、マキくん。」
「ウリワリさんも、泣かなくなった。」
冗談めかして笑うマキくんに、私もつられて笑う。

「涙は、海の味がするから。」
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