彼女は世界滅亡を描く。
木造建築の床はぎしりと音を立てて、足を踏み入れた私達を歓迎した。
通された部屋は決して広くはなかったが、大人2人が生活するには狭くない。備え付けか、前の住民の忘れ物か、窓際に置かれたローテーブルと座椅子が窓の隙間から漏れる光を浴びている。雪のせいで湿気を帯びたのか畳の匂いがすんとして、私の背筋が少し伸びた。
靴を脱ぐと畳の感触が足裏から伝わる。畳の目に沿った小さな凹凸。私が移動するとついてくる心地の良い軋み。ごろりと床に寝転がると、畳を伝って外に降る雪の音が聞こえてきそうだ。疲労感と安心感からか、このまま眠ってしまいたい、などと考えていると彼が笑う。
「やっぱり、家財道具は引越しの人に頼めば良かったかな。」
俺も疲れたよ、と腰を下ろしてふぅと息を吐くその姿はどこか幼い。
私を車に乗せて何時間も運転していた彼の方がよっぽど疲れていそうなのに彼はしばらくすると、よいしょ、と再び腰を上げて立ち上がった。
「まぁ、言っててもしょうがないし、タンスとか布団とか入れていこっか。」
暖房のスイッチを入れて、トントンと靴をはくと気合を入れるためか彼はぱちりと自らの手で頬をうつ。
私も重たい体をなんとか起こして彼に続いた。
ぎしぎしと床のしなる音に耳を傾けながら廊下を歩いていると、何やらドタドタと威勢の良い足音が重なる。顔を上げると、玄関先から上へと続いている階段から青年がひょこりと顔を覗かせていた。
ぶつかったのは青年のまっすぐで輝いた瞳。
私は思わず視線を逸らした。

「こんにちは!思ってたより到着が早いんで挨拶が遅れちゃってすみません。」
ぺこりと礼儀正しくそう頭を下げて、にこりと顔を上げて笑う青年に目がチカチカしてしまいそうだ。眩しすぎて直視できない、と私は目を細める。
「俺、ここの二階に住んでます。マキツユリです。よろしくお願いします。」
にっこりと微笑む彼を見ていると、まるで彼は部屋から一度も出たことがないんじゃないかと思う。外の世界は滅亡しかかっているというのに、そんなことなど御構い無しなように笑う、その顔が苦手だ。
「ご丁寧にどうもありがとう。素敵な名前ですね、ツユリって珍しい名前だけど漢字はどんな?」
私の機嫌が悪いと知ってか、彼が青年にそれを悟られないよう上手く話を広げてくれたので、私はなんとかその間に笑顔を取り繕った。
「木へんに真実の真で槙、それに栗が落ちる花で栗落花です。俺の誕生日が五月七日で、丁度栗の花が落ちるからころだからってつけてもらったらしいです。いい名前でしょ?槙栗花落。」
「それは、凄くいい名前だね。」
「えーっと、ちなみにお二人は?」
もうどうせすぐに死ぬのに仲良しごっこか、なんて心の中で悪態をつきながら私は作り笑顔を壊さぬようゆっくりと顔を上げた。
「私は、ウリワリチカっていいます。高校2年です、よろしくお願いします。」
「俺はホヅミシンジ。稲穂の穂を積むで穂積。シンジは真実を司るって漢字で真司。前の街でウリワリのクラス担任だったんだ。よろしく。」
彼と私を見比べた青年が何から言おうかと迷っている間に、彼がにこりと笑って荷物運ばなきゃだから、と青年を玄関に置き去りにするので、私も慌てて彼についていった。
「あ、俺も手伝います!荷物、運ぶんでしょ?」
玄関先でドタドタとやはり青年の明るい音が響く。
青年のその明るさは、一体どこからきているのだろうか。
歩き慣れているのか雪を諸共せずに私たちの車まで走ってくると、私の隣に立った。用意していたのだろうか軍手をはめて、彼にどれから下ろすか相談している。
「ほら、ウリワリさんは車の中の軽いダンボール。こういうのは男が運ぶからさ。」
窓から車の中にところ狭しと積まれた荷物を見つめていると青年はそういった。テキパキと青年が彼と大きな家財道具をいくつか運び出して、私は完全にお役御免だ。家財道具のほとんどは彼が家に置いていたものでそのどれもが組み立て式だった。それらを解体して大きなダンボールの中に詰められるだけ詰め込んだので、想像するだけでも重そうだ。服や小物を詰めた小さなダンボールを運びながら、男二人がこんなにも寒いのにうっすらと汗をかいている様子を私は眺める。
青年がケラケラと笑うたび、青年の周りはキラキラと輝いて見えて、心が痛む。

私はもう、彼のようには笑えない。
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