彼女は世界滅亡を描く。
家財道具をあらかた組み立て終わると窓の外には夜が広がっていた。
「うわー、もう真っ暗だな。」
「ほんとですね。」
「晩ご飯、どうする?」
「…私は、なんでも……。」
正直、街が海没した日からご飯なんてほとんど喉を通らなかった。
いつまでもそんなことを言っていられる訳もないので、新しい街についたらやり直そうと思っていたけれど、しばらく食べないと食べたいものすら浮かばないとは。
「どうするかなー。」
考えあぐねている彼が一つくしゃみをしたので、暖房をつけるために立ち上がると扉がノックされる。
「はい。」
「槙です。晩飯、食べましょ。」
木造の扉を開けると、私達の許可など関係なしに青年は玄関に立ち入って、にこりと片手に持ったビニール袋を掲げた。ビニール袋の中には大量のタッパが重ねられていて、どうやらそこに晩ご飯が入っているらしい。
「俺、料理には自信あるんです。でも一緒に食べてくれる人がいなくて。食べてもらいたいんですよ!ね、どうですか?」
どうしてこいつはこうも馴れ馴れしいのだろうか、と私が顔をしかめると、彼が私の肩に手を置いた。
「どうする?ご馳走になろうか。」
私が困惑した顔を彼に向けると、彼は小さく笑って青年を招き入れた。
「そう言ってくれるとほんと助かるよ、俺もウリワリも、もうクタクタでさ。晩飯、どうしよっかって、ちょうど話してたところ。」
「まじっすか?俺も嬉しいです。ずっと誰かとご飯したかったんですよ。」
結局、私の意見は御構い無しだ。
がたがたと机や座椅子を動かして、青年はビニール袋から大量のタッパを取り出す。中には色とりどりの料理が詰められていて、とても同い年くらいの男の子が作ったとは思えない。
「これ、全部槙くんが?」
「はい!俺、料理好きなんです。」
「や、ほんと凄いね。俺なんてもう27だけど、料理ってほとんど出来ないよ。」
「え?!そうなんですか?今度一緒に作ります?」
ウキウキとそんな話をしながら彼らは箸をすすめていく。タッパの中の料理を半分ほど食べたところで、青年が私をじっと見つめた。
「ウリワリさんの口に合わなかった?」
「え、いや…。」
あまり箸が動いていないのを見られていたのだろう。青年の料理は驚くほど美味しかったし、久しぶりに味のするものを食べたような気さえする。それでも、やはりしばらく食べることをしなかったせいか、あまり食欲が湧かないのも事実だった。
「美味しい、です。」
「よかったー!美味しくなかったのかと思って。ほら、まだあるからウリワリさんもいっぱい食べてよ!」
笑顔が心に突き刺さる。
ぱっと視線を逸らすと、青年はそれ以上は何も言わなかった。
青年の底抜けた明るさが忌々しい。
私は結局その後料理に箸をつけなかった。
悪いことをしたな、と罪悪感を覚えつつも青年が部屋を去ったことに安心している自分がいて、思わずため息をつく。
「…先生?私、すごく自分がちっぽけで、嫌だなって思います。」
きゅ、と膝を抱きしめて三角座りをすると、彼は困ったように笑った。
「もう、先生じゃないよ。」
「だって…。」
「まあ、気持ちはわかるけどね。槙くんとは仲良くなれそうにない?」
「…わかりません。正直、彼の幸せそうなとこ、今の私には受け入れられない…。」
笑った顔、馴れ馴れしく接してくるところ、明るい人柄…すべてが幸せそうで、すべてが眩しくて。
私にはそれを受け入れる程の心の余裕なんてない。じっと床を見つめる私に彼は小さく笑う。
「時間が解決してくれるよ。いつかね。」
「解決してくれる時間なんて、私にはもう…。」
残されてないのに、と呟いた声は雪に溶けて消えてしまった。窓の外、雪は降り続いていて、街を白く染めていく。
この街もじきに沈んでしまうのだろうか。
こつりと窓に頭をもたげて、雪を見つめる。
ちらりと視線を凝らした窓の向こうに、青く光る海が見えた気がした。
「うわー、もう真っ暗だな。」
「ほんとですね。」
「晩ご飯、どうする?」
「…私は、なんでも……。」
正直、街が海没した日からご飯なんてほとんど喉を通らなかった。
いつまでもそんなことを言っていられる訳もないので、新しい街についたらやり直そうと思っていたけれど、しばらく食べないと食べたいものすら浮かばないとは。
「どうするかなー。」
考えあぐねている彼が一つくしゃみをしたので、暖房をつけるために立ち上がると扉がノックされる。
「はい。」
「槙です。晩飯、食べましょ。」
木造の扉を開けると、私達の許可など関係なしに青年は玄関に立ち入って、にこりと片手に持ったビニール袋を掲げた。ビニール袋の中には大量のタッパが重ねられていて、どうやらそこに晩ご飯が入っているらしい。
「俺、料理には自信あるんです。でも一緒に食べてくれる人がいなくて。食べてもらいたいんですよ!ね、どうですか?」
どうしてこいつはこうも馴れ馴れしいのだろうか、と私が顔をしかめると、彼が私の肩に手を置いた。
「どうする?ご馳走になろうか。」
私が困惑した顔を彼に向けると、彼は小さく笑って青年を招き入れた。
「そう言ってくれるとほんと助かるよ、俺もウリワリも、もうクタクタでさ。晩飯、どうしよっかって、ちょうど話してたところ。」
「まじっすか?俺も嬉しいです。ずっと誰かとご飯したかったんですよ。」
結局、私の意見は御構い無しだ。
がたがたと机や座椅子を動かして、青年はビニール袋から大量のタッパを取り出す。中には色とりどりの料理が詰められていて、とても同い年くらいの男の子が作ったとは思えない。
「これ、全部槙くんが?」
「はい!俺、料理好きなんです。」
「や、ほんと凄いね。俺なんてもう27だけど、料理ってほとんど出来ないよ。」
「え?!そうなんですか?今度一緒に作ります?」
ウキウキとそんな話をしながら彼らは箸をすすめていく。タッパの中の料理を半分ほど食べたところで、青年が私をじっと見つめた。
「ウリワリさんの口に合わなかった?」
「え、いや…。」
あまり箸が動いていないのを見られていたのだろう。青年の料理は驚くほど美味しかったし、久しぶりに味のするものを食べたような気さえする。それでも、やはりしばらく食べることをしなかったせいか、あまり食欲が湧かないのも事実だった。
「美味しい、です。」
「よかったー!美味しくなかったのかと思って。ほら、まだあるからウリワリさんもいっぱい食べてよ!」
笑顔が心に突き刺さる。
ぱっと視線を逸らすと、青年はそれ以上は何も言わなかった。
青年の底抜けた明るさが忌々しい。
私は結局その後料理に箸をつけなかった。
悪いことをしたな、と罪悪感を覚えつつも青年が部屋を去ったことに安心している自分がいて、思わずため息をつく。
「…先生?私、すごく自分がちっぽけで、嫌だなって思います。」
きゅ、と膝を抱きしめて三角座りをすると、彼は困ったように笑った。
「もう、先生じゃないよ。」
「だって…。」
「まあ、気持ちはわかるけどね。槙くんとは仲良くなれそうにない?」
「…わかりません。正直、彼の幸せそうなとこ、今の私には受け入れられない…。」
笑った顔、馴れ馴れしく接してくるところ、明るい人柄…すべてが幸せそうで、すべてが眩しくて。
私にはそれを受け入れる程の心の余裕なんてない。じっと床を見つめる私に彼は小さく笑う。
「時間が解決してくれるよ。いつかね。」
「解決してくれる時間なんて、私にはもう…。」
残されてないのに、と呟いた声は雪に溶けて消えてしまった。窓の外、雪は降り続いていて、街を白く染めていく。
この街もじきに沈んでしまうのだろうか。
こつりと窓に頭をもたげて、雪を見つめる。
ちらりと視線を凝らした窓の向こうに、青く光る海が見えた気がした。