これを『運命の恋』と呼ばないで!
「ちょっと来い」


短く声をかけると、さっさと課内を出て行く。
その背中を追いかけながら、ボロボロと涙が溢れだした。


ぐす、ぐす…と泣きながら付いてくる私を振り返り、困ったように息を吐く。
休憩スペースの自販機のところまで来ると、クルリと後ろを振り向いた。


「いい加減泣き止め」


ほらっと手渡されるハンドタオル。
先輩にそれを借りるのは三度目。
その都度、色が違う。


ぎゅっと握りしめて借りた。
マスカラの黒がタオルに付いても、この際仕方のないくらいに押え付ける。


「……異動のこと、どうしてもっと早くに教えてくれなかったんですか……」


貴方は私の教育係兼指導者なんでしょ。
不出来な後輩を残して、知らん顔していくつもりだったの。


「言える訳ないだろう。内示は公表されるまで極秘だって決まってるし」


簡単に理由を説明して振り返る。
チャリチャリと小銭の音を立て、自販機のボタンを押した。


「ほら」


ニガテなブッラクコーヒーじゃなく、甘々なストロベリーラテを差し出される。


「泣いてる時には甘いもん。必須だろ」


「………」


甘過ぎる物もニガテだけど黙って受け取る。

先輩がくれるのは、いつも気紛れな優しさだけだ。


プルタブを押して飲み込んだ。
鼻水の塩気と混じったらしく、さほど甘くも感じない。


「旨いか?」


声の主を見上げる。
涙の粒が漂う視界に写ってる人が、心配そうな眼差しを向けている。


< 107 / 218 >

この作品をシェア

pagetop