これを『運命の恋』と呼ばないで!
パチパチ…と向かい側のデスクからパソコンの操作音が響きだした。
急にスイッチの入った先輩は、そのまま暫く無言でキーボードを操作し続けた。



(はぁ……)


声には出さないけど憂鬱になる。
自分で一人ではこなしきれない仕事をしている時点で、この仕事は向いてないんじゃないかとも思う。


(そんなこと、今までだって散々考えてきたけど……)


今回のは極めつけ。
いよいよ退職願を出す時期が迫ってきてるのかもしれない。


(潔く退職願を出せば、先輩はもう私の教育係をしなくて済むよね……)


その方が怒鳴られたり貶されたりしなくて済むし、精神衛生上良く眠れるようになるとは思う。

しかし、このまま社会から逸脱してしまえば、次は何の仕事をすればいいのかが分からない。

それでなくても事務職は向かないと分かってるのに、営業や管理職なんかが務まる訳もない。

販売や技術職なんてやろうという気にもならないし、第一、体力的にも無理な話だ。


(……詰まる所、辞めたくないんだ。私は)


辞める気なんてあったらとっくに辞めてる。

グチグチと愚痴を吐いてでも続けている時点で、転職しようとかいう意志はない。


とにかく、このまま毎日が無難に過ぎていけばいい。

それで叱られなければ、なおさら安泰だ。



「手が止まってるぞ!」


矢のような言葉を投げつける先輩の顔を眺めた。


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