これを『運命の恋』と呼ばないで!
ハトみたいに目が丸いぞと罵られているのに、心臓は反対にドキッとした。


「す、すみません。そそっかしくて……」


初めて恥ずかしい…と思った。
これまでは鬼先輩に対して、怒りしか思い浮かばなかったのに。


「ほら、持っててやるから降りろ」


あろう事か手まで握ってくれる。


「あ…ありがとうございます……」


思いきり動揺する。
青空先輩が紳士に見える。
そんでもって、やたらと優しい。


ストン…と踵が着地したのを確認して、さり気なく手が離される。
逃げていく体温が寂しくて、思わずその手を握り返した。


「何だよ」


仏頂面が向けられる。
その顔にハッとして、パッと手を広げた。


「な、何でもありません。ちょっと転けそうな気がして怖かったから握っただけです!」


もう平気です…と先を行く。

私の背中を見てるであろう先輩の眼差しが妙に気になる。

こんなこと初めてだと思う。

鬼の眼差しにときめいて、胸がザワザワとするなんて。



「気をつけて帰れよ」


店の外へ出ると、先輩はそう言って歩き出す。


「お疲れ様でした!」


声をかけると後ろ向きのまま掌を振った。

カーキ色のジャケットが人混みに紛れるまで見送り、自分も向きを変えて歩き始めた時ーーー



「危ないっ!」


声が聞こえて振り返った。
その瞬間、髪の毛の脇をシュッと何かが掠めて行った。





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