これを『運命の恋』と呼ばないで!
気落ちしながら仕事を進めたせいか、ミスも少なく退社時間になった。


「お先に失礼します」


資料に見入る二人に声をかけた。


「お疲れ」

「ナッちゃんお疲れ様。気をつけて帰ってね」


「…はい。ありがとうございます」


気をつけるほどの遅い時間でもないけどお礼を言った。
ドアを閉めようとすると、中から楽しそうな声が聞こえてくる。


やっぱり恋人同士なんだ…と思うと胸が迫った。

早くこの場所から逃げださないと、どんどん嫌な気持ちが溢れてくる。
今の私には、先輩達の姿が眩し過ぎる。


踵を鳴らして更衣室へと急いだ。
場所が場所だから、髪の毛や服もきちんと整えてから出かけないといけない。

夕暮れとは言い難いオフィス街は、人もまばらで通り抜けるのには楽だ。
こんな早い時間から帰る人は、私みたいに無能な人かもしれない。


(もしくはその逆?)


今から落ち合う京塚先輩は、私の仕事ぶりを聞いたら何て言うだろう。


笑うだろうか。
それとも、同情してくれる?


複雑な心境を抱えて待ち合わせの店に向かった。

落ち着いた雰囲気の漂う料亭には、入る前から緊張していた。
仲居さんの案内で歩く廊下がやけに長く感じる。
ドキドキ…と胸を躍らせながらついて行くと、一番端の部屋の前で立ち止まった。


「失礼致します。お連れ様が来られました」


ススッと作法に乗っ取った手つきで襖を開けた。
バリアフリーである敷居に足を引っ掛け、前のめりに倒れ込みそうになった。


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